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[雑感]真夜中のメイル送信

 例えば真夜中(まあ時間帯は問わないけれど)にメイルを書いて送信した瞬間や、掲示板の書込み釦を押した瞬間に、たいてい「ああ、やっちゃったな」と思ったりします。内容が拙いとか文章が拙いとか間の取り方が拙いとか相手との距離の取り方が拙いとか、そういった具体的な諸々の問題とはたぶん別の次元で、1度送信してしまった言葉の『取り返しのつかなさ』というようなことについて。きっとそれはどんなに推敲を繰り返して思案を巡らせたとしても消えることは無くて、寧ろ考えれば考えただけ『やっちゃった感』というのは強くなるような気がして。
 まあ本来電子回線上に投げ出したものに限らず、郵便でも電話でも対面しての会話でも、取り返しのつく言葉なんてものは恐らく存在しないのだろう、とは思いつつ、使用頻度とその距離感や時差、というようなことで、電子メイルやウェブの掲示板というのは、少なくとも僕にとっては常に緊張感を意識させられる道具であるな、と。単純に対人関係の技倆不足を表しているだけなのかも知れませんが。

 ウェブサイトで綴る雑文や日記めいた文章にしても似たような感覚はあって、読者を特定しないということ、あくまで自分で契約した『自分の好きにできる場処』に書いているということ、に於て、かなり好き勝手なことを書いてもプレッシャーは少なくて済むとはいえ、公開された場処に言葉を放り出す訳ですから、その『取り返しのつかなさ』は本質的にはメイルよりもずっと大きい。実際はずっと(以前のサイトで書いていた頃から)アクセスも反応もとても少なくて、ある意味その少なさに救われてきた面は大きいのかもな、などと思ったりもしていますが。
 いずれにせよ、非電子の日常でも毎日『取り返しのつかないこと』を重ね続けて、その上で更に誰に頼まれたのでもなくこうしてまた通信世界に言葉を投げ出し続けてるのは、やっぱりきっと独り言だけじゃつまらないからで。少なくとも瓶詰めの手紙を海に投げるよりは(自分にとって)意味の大きい行為だと考えてるからなんだろうと。ごみも出ないし。

 数年前にウェブ上で『日記』を綴り始めた頃から、『眠る前に勢いで送信してしまうメイルのような』文章を書こうと思っていました。宛先がある訳ではないけれど、何処かの『あなた』に届くことを何がなし期待して。だからもしも僕の「ああ、またやっちゃったな」の幾つかにでも、あなたが(単なる暇潰しとしてでも)意味を見出してくれるのなら、それはとても嬉しいことなのです。

 こうして、僕は今日もまだ見ぬ『あなた』に向けて、「ああ、やっちゃったな」と思いながら言葉を探していたりするので。