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[架空]南へ渡る鳥

彼女からの電話は少なからずわたしを驚かせた。
音信不通になって何年になるか、数えるのさえ面倒で、もうこのまま一生会わずにいるような気がしていた。
忘れていた訳ではない。学校と云う閉鎖的な空間の中で群れを作らない彼女の佇まいは印象的だったし、所謂「おともだち」ではなかったが、何故か不思議にわたしとは気が合っていたように思う。
ただお互いその一種の閉鎖系を出てからはどちらからともなく疎遠になっていた。
そして今受話器から聞こえる彼女の声は随分と元気そうで、どこか線の細い感じを与えた昔の彼女とは結びつかず、困惑したまま流されるように週末に会うことを約束し、電話は切れた。

待ち合わせの改札にはわたしが先に着いた。ぼんやりと人の流れを眺めていると名前を呼ばれて、振り向くと彼女が手を振る。元来垢抜けた印象なので、電話の時程の違和感は覚えない。
「ひさしぶり、元気だった?」
「まあなんとかね。少し変わった?」
「そうかな。うん。変わったかも知れないね」
とりあえず手近な喫茶店に入る。新興宗教の勧誘とかじゃないよね、とわたしが念を押すと彼女はけたけたと笑って、
「何、そんなにわたし元気になっちゃってる?」
と首を傾げる。変わらない仕種に少し安心して、席に着いた。

「ちょっと旅にでも出ようかと思って」
わたしが2本目の煙草に火を付けようとした時、ふいにそう云った。とりあえず煙を吐き出して、彼女の顔を覗き込む。また彼女が軽く笑う。
「なんとなくね。南の方とか、いいなあってさ」
わたしが余程怪訝な顔をしていたのか、ま、今生の別れって訳じゃないんだけど。と笑いながら彼女が続ける。
「なんか行く前に1回会っときたくてね」
「何それ。それこそ今生の別れみたいじゃん」
わたしが云うと、彼女はなんとなくだってば、と笑いに紛らせる。聞きたいことは山ほどあったが彼女の笑みに押されるように何も具体的なことは聞けなかった。
「別に逃避とかそんなんじゃないから、ちゃんと帰ってくるよ」
最後にそれだけ云ってその話は終わりになった。わたしももうそれ以上聞かなかったし、聞いたところでさして意味があるとも思えなかった。
みんなそうやって乗り越えていくんだな、と思っただけだ。
そうやって何かを捨てて、何かを手に入れる。それだけだ。


別れ際に手を振る彼女の姿がとても身軽そうで、「置いていかれちゃったな」とは云えなかった。
携帯を取り出して電話をかける。いつも通りの眠た気な声。彼はいつ電話しても寝起き。
今日は友達に会うんじゃなかったの、などとぼそぼそ喋るのを無視して、
「なんか南の方へ旅行に行きたいなあと思ってさ」
などと云ってみる。彼はまだ半分寝惚けて、状況を把握出来ずにいる。
「起きなよ。もう夕方なんだから。出てきて御飯でも食べよう?」
無理矢理待ち合わせの時刻と場所を決める。
デンシャガマイリマス。ハクセンノウチガワヘオサガリクダサイ。
電話を切って、ゆっくりと走る電車を待つ。1度だけ振り向いて、心の中で手を振ってみる。

inspired by Kaji