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10-29-2003 (水)

§ ごろごろごろ。

 だんだん余裕が失われてきています。時間的に。その割にだらだらと過ごしがち。

 何よりも…腹が下りまくり。

10-26-2003 (日)

§ 皿洗い。

 実家で洗い物をしていました。自分の家の台所の惨状はひとまず置いといて。

 先日、近所を歩いていて偶然中学時代からの友人(『知人』でなく『友人』と呼びたい数少ない相手)に出会って。まあ友人と表記する割に年単位で音信不通なのですけど。まあともかく、僕の妹も彼のことは知っているのでその話などをして、「いや、彼はいいやつだから」と云ったら、妹がしみじみと「男の人のこと褒めるなんて珍しいねえ」と。いや、そりゃ確かに数少ない友達の中でも男友達はほんとに少ないですけど。というか男には基本的に冷たいですけど。別に「男だから」冷たくしてる訳でもないんだけどなあ。

10-25-2003 (土)

§

 ラヴラヴですよ、はい。周りですか?見えてません、というか見てません。ごめんなさい。

 サイトに写真とか載せてると、時々僕のこと『写真が上手い』と誤解する人がいるんですけれど、繰り返しますが、誤解です。少なくとも、記念写真とか記録写真とか撮らせたら、人並み外れて下手です。なんせ日常手が震えてますしね。手ぶれ大王。たまに観光地とかで間違って「写真お願いしていいですかー?」とか訊かれるのさえ怖くてしょうがないですから。って誰に言い訳してるんだか。
 とかなんとか云いつつまた写真も増やしたいなあ、などと。

 雑記に、と思ったネタが長くなってしまったので文章の小咄1つ追加。こんなことをしている場合では。
 絵を描きましょう、自分。いや、描いてはいるんですけどね。

10-24-2003 (金)

§ ぼちぼち。

 心配事は、少しずつ片付けて。無くなりはしないけど、少しずつ。
 諸事情により、Netscape4.x及びIE4以前のブラウザのことは考えないことにしました。申し訳ない。まあ見られないからといって生活に影響のある類のサイトでもないし。好き勝手やらせて下さい。

 昔買った本や漫画を掘り返して読み返したり。内容、殆ど覚えているというのに、実際読んでみると当時と印象というか、読み取るポイントのようなものが違ってきていることに気付いたり。今読んでるのが楠本まき『KISS ××××』とか松浦理英子『ナチュラル・ウーマン』だったりするんですが、どの辺で印象が違うかを語り出すと惚気になるので以下略。まあ、それとは別に『ナチュラル・ウーマン』は昔も今もものすごく好きです。名作だと思う。

10-20-2003 (月)

§ 歌う人たちを眺める。

 心配事を抱え体調もいまいちで正直どうしたものかと思いつつ、妹と連れ立ち久々にリカロープ嬢のライヴへ。
 結論から云えば、非常によかったです。新曲もあり、以前からの曲のアレンジも良く。CDも出てたしね。会場へ向かう途中道が判らなくなって妹と騒いでいたら偶然リカ嬢御当人とばったり、というおまけもあり。もう少し時間帯が早ければ恋人も連れて行けるのだけれど。
 家に着いたのは結局日付が変わってから。心配事は明日へ持ち越し。大丈夫、な筈。きっと。

 レイアウト崩れの対策としてスクリプトを多少加えてみました。たぶんIEはちゃんと動く、筈。しかしネスケイプの6以下は相変わらず心配です。どうせ個人サイトだし、サイト自体が見られない訳ではないので当面はこんなところで。もしまだ駄目ぽだったらお教え下さいませ。

10-19-2003 (日)

§ 踊る人たちを眺める。

 バレエをやっている知人の発表会へ。『バレエと創作舞踊の会』とやらで、結構な数の団体が古典から現代舞踊、お子様のおゆうぎまで幅広く。
 いろいろ取り混ぜて見てみると、あくまで素人目ながら、古典というのはやはり洗練されているなあ、と。実際見てて古典の方が解り易いし。動きの軌跡、静止時の身体の線、伊達に歴史がある訳ではないのだなあ、なんてことを思いつつ。その洗練された理想の動きや姿勢というのが如何に難しいものか、というのも見えちゃったりはするんですが。や、舞踊家の身体能力ってのはすごいものなのですねえ。
 かといって現代ものがつまらないかといえばそんなことも無く。今回実際に行くまでてっきりクラシックバレエのみの発表会だと思っていたので最初は心の準備ができていなくてちょっぴりどきどきしましたが、舞踊というのは思いのほか娯楽性が高いものなのかな、と認識を改めた次第。集団でうねうねしゃかしゃか動く人たちを見るのがこんなに面白いとは。

 久し振りに友人と一緒に過ごしたこともあり、非常に楽しんだのですが、この手のお楽しみの後には概ねお約束のように沈み込んだりするもので。さてさて。

10-18-2003 (土)

§ スロウハンバァガァ。

 近所のモスバーガーにて『ニッポンのバーガー・匠味』なるものを食しましたよ。店鋪限定数量限定1個580円也(匠味チーズは630円)。デフレの御時世にハンバーガー1個で約600円という強気というより冗談のような価格設定にもびっくりですが、1日10個で午後4時から受付開始、我々が4時7分頃に行って頼んだ時点で残り3個だったというのもびっくりです。みんな物好きですね。とお前が云うな。
 ファストフードなどという言葉とはもとより無縁なモスバーガー、かなり待った後に『匠味』、皿に乗せられて高級感漂わせつつ登場。普通のハンバーガーより2回りほども大きい姿でもう何となく納得させられてしまうような気がします。実際味も驚くような初めての味わい、というようなものは無いものの、これだったらこの値段でも仕方ないな、と思わせるには充分。個人的好みとしてはバンズがもう少しさっくりしていれば完璧だったのですが。ひとまずは遅いし高いが美味、というモスの面目躍如、というところ。
 しっかし、ハンバーガーで高級感に浸るというのもなんだか頽廃的というか。飽食ニッポンの縮図かしら?なんてまた社会派ぶってみたりして。

10-16-2003 (木)

§ 発見する。

 例えばプロ野球。
 来期、読売ジャイアンツと阪神タイガースの総ての選手、コーチ陣及び監督が移籍なりトレードなりで入れ替わったとします。チームを構成する全員が。その時各々のチームのファンが今まで応援していたチームのファンで居続ける為の拠り処はあるのでしょうか。つまり、構成要素の総てが変わっても失われない『その集団の本質』というようなものは。
 というようなことをふと思い付いて。ああ、こいつが世に云う共同幻想というやつか、と。どんな集団であれ、『集団自体の本質』なんてものは無い。集団は実在しない。複数の個体が存在する時に現象として現れるだけなんだよな。という風に勝手に解釈してみました。まあ、現象としてある以上その作用を無視するという訳にもいかないのですけど。でもね、『大衆』なんて実在は無い。『世間様』はやっぱり何処にも居ないんですよ。

 昨今の電子メールに氾濫する顔文字や絵文字。『女子供』関係の事象を偏愛する傾向があり、心の乙女指数は嶽本野ばらに迫る勢いと自認する(とか今思い付きで云ってみただけの)僕が、特に絵文字はどうにも好きになれないのは何故かなあ、と思っていたのですが、あれ多分『女子供』属性のものじゃないんですね。
 色とりどりの絵文字で装飾されて一見ファンシイに見える文章からは、時に酷くオヤジ(これは前述の『女子供』同様、実際の中年男性や子を持つ男性一般を指す語ではなく、ある種の概念を表しています、此処では)の接待に似た臭いがします。
 というようなことを電車で隣の席の携帯を覗き見しながら思った僕は一寸下品なので乙女にはなれません。他人の携帯メール覗くのやめろよオレ。

 本日最重要。MSIEってCSSのposition:fixed属性をサポートしてないの?うっわ。それじゃレイアウト崩れまくりじゃないですか。ってかMacのヴァージョン5だとちゃんとサポートしてるのにWinの6で駄目って何なんですか。取り敢えず一番やばい部分のみ応急処置。対策を考えねば。ってかお願いしますゲイツ氏。

10-12-2003 (日)

§ 蜂蜜ココアは結構美味しい。

 各種様々な問題に取り囲まれつつ、あまあまべたべただらだらでろでろと過ごしています。ドリンクバーでラテマキアート飲み過ぎてお腹下したり。甘い幸福感から一瞬醒めて激しく落ち込んだりもするけれど、にっちもさっちもいかないどん詰まりでもハピイ気分は訪れて。

 立ち上がれるのかな?

10-11-2003 (土)

§ ネシア。

 世界には様々なネシアがありまして。ミクロネシアが多数重合するとポリネシア。インドと化合してインドネシア。じゃあメラネシアは火が出たりするんですかね(ドラクエ)。
 で、賢明なる読者諸氏はお気付きの通り、その裏にはネシアを奉ずるネシア教団の大いなる導きがある訳で。国生みの神々が捏ねた泥より出し聖なる大地をネシアの名の下に統合し、晴れた日には散歩をし、雨が降れば部屋にこもって寝て過ごし、と精力的に活動を続けている訳です。日本支部の当面の目標としては10年以内に衆院での単独過半数を得たのちに今世紀中には国名をニッポネシアと改め、日米同盟に代わるものとして世界の各ネシアとのネシア同盟を締結、最終的には亜米利加、欧州連合と並ぶ第3極としてのネシア連合の成立に向けて…

 と此処まで書いてみたけれど落ちが思い付かないのでやめます。

10-08-2003 (水)

§ ラヴラヴ。

 バス停に冷たい風。手を握ったり、腕を組んだり。「ひさしぶり」安心する。手は冷たいけど、笑ってくれるなら。携帯メェル。夜道のアイスクリィム。依存、してるのかも。

10-07-2003 (火)

§ 母、退院。

 術後の経過も良い様子で、母は無事退院です。ということで朝から手伝いに。どうも腹痛がして、帰りには要所々々で手洗場経由。腰まで痛くなってきた、と云うと妹に「女の子の日?」と。そうなのかしら?じゃあ今月は安心ね。
 ともあれ退院してお終い、という訳にもいかず、今後は当分リハビリの日々が続くそうです。快癒を祈る。

10-04-2003 (土)

§ 子供たちは空になんて向かわない。

 小さな世界の小さな悩みごとは、それでもきっと軽くはないのだろう、と、今は遠くから思うばかり。

10-03-2003 (金)

§ 金木犀。

 金木犀の香りが漂ってきます。手折って我が家に。枝は思いの外しなりが強く、力任せに折り取るまでに小さな花がいくつもいくつも散り落ちました。
 ねじ切ったような傷口をペットボトルに挿した小枝は、まだ黄色い花をいくつか付けて部屋にあります。

10-02-2003 (木)

§ にゃんぷー到着。

 母の見舞いに行く道すがら、擦れ違った中年女性2人連れの会話が断片的に耳に入って来る。のはいいのだけれど、耳に入ってきた断片的な言葉に深く深く困惑。僕がおかしいのだろうか。いや多少病んでいるのは判っているのだけれど、こういうおかしさではない、筈。僕は凡庸な人間だ。なのに。
 片方の女性がこう発音したのが僕には確かに聞こえたのだ。
 「冗談コロッケ」と。
 その言葉は「もう、冗談やめてよ」というようなニュアンスで響いた。しかし。しかし何故コロッケなのか。如何なる理由で名詞を、しかもじゃが芋を茹でて潰し丸めてパン粉をまぶして揚げた、あの食べ物の名前を其処で発語するのか。そして何故僕は其処からある種のニュアンスまで読み取ってしまうのか。嗚呼、その断絶の深さと伝達の不可思議よ。空耳にしても、あまりに不可解なその言葉。自分自身の不意打ちにも似た反逆。現前した深淵に擦れ違った後も暫し佇む。
 ………コロッケ食べたかったんですかね。

 恋人からにゃんぷーの画像が届いたので適当に編集して上げてみました。殆どキッドピクスのスタンプ機能のみで作成されているので著作権関係やや不安を感じつつ気付かない振り。恐らくフリーだとは思うのですが。いずれにせよ判断とか解釈とか拒否しまくってるような莫迦っぷりが個人的にとても好きなので。
 制作者の要望によりにゃんぷー入口は閉鎖しましたよ。

10-01-2003 (水)

§ 母、手術。

 昼過ぎに入院中の母を見舞いに行って手術開始まで付き添い。肘の骨折だけなので全体的には元気、というかまあ普段通りとはいえ、というより普段通りなだけに、入院生活2日目にして既に多少御退屈の様子。こういうところで気散じの軽妙なお喋りというのがいまいちな自分は見舞い要員としてはまったくもって如何なものかと。いないよりはまし程度。手術が始まればもうそれさえも不要ということで妹に後を任せ恋人と逢瀬。
 普段から著しく余裕に欠けているので、こういう時は弱いですね。特に目に見える不都合不具合、という訳ではなくて、全体的にやや弱っています。問題処理能力の低さを改めて露呈して勝手にへこんでるだけなんですが。などと云いつつ暢気にお絵描きソフトで遊んだり。正確には恋人がお絵描きソフトで遊ぶのを後ろから眺めて口を出したり少しだけ手を出したりその暴走っぷりに実はこいつ凄いんじゃないかと一瞬思ってみたり。今日のヒットは『ニャンプー』。
 妹の連絡によれば、手術は問題無く終わったそうで。後はリハビリ。ひとまずは安心、というところですかね。