02-26-2006 (日)

§ everything is fine in HEAVEN

 コンタクト着けて視界がクリアになって世界がよく見えるようになって……暫くすると気持ちが悪くなるらしい。1日終わって帰宅する頃には限界を感じるように。因みに眼鏡は家の中で掛けてる丸いのと外出用の四角い黒縁のがあるのだけれど、黒縁はコンタクトほどではないにせよやっぱり多少気持ち悪くなる。帰ってくると丸い縁なしに掛け替える。
 あ、丸いのは乱視矯正が入ってるからか。乱視進んでるのかなあ。

 「世界をそのまま見たくない欲望」とかそういう話にしてみようかと思ったけどしっぱい。てへ。

 で、「観ない」話。全然TV観てない。オリンピックどころかその前からずっと。『ローゼンメイデン・トロイメント』が終わってから観てないんじゃないかというぐらい。新聞も読んでないのでほんとにマスメディアから遠ざかってる感じ。漫画雑誌しか読んでない(実際はネットニュースのRSSとかは流し読みしてるので、完全にマスメディアから離れている訳ではないのだけれど)。別に意図して『マスメディア離れ』を目指した訳ではなくて、単にネット繋いで後は寝るだけの生活に慣れちゃっただけなのだけれど。っつかネットさえ繋がってれば情報収集というか、話題になるようなトピックは自然に入ってくるし。

 ただ、そういう生活の中で多少興味深いこともあったり。やっぱり『一般の人(*1)』というのはまだTVなどが情報収集の中心にあって、なんつーか(オリンピックの時期だから余計にそう感じるのかも知れないけれど)、その話題の焦点というか、視点がウェブやブログ界隈と微妙にずれてる感じがする。なんだろ、『ネット界』と『TV界』の温度差とか、キャッチーに云ってみようと試みるならそんな感じ?まあ同じような構造は『アルファギーク』と『一般ブロガー』とか、そういうとこでもあるんだろうけど。で、別にどっちがいいとかいう話でもなくて、基底現実界で顔合わせて話する時になんかずれる、そういう構造というか、グループ化というか、これからもっと進んでくのかも、と。例えばそうなった時に『ディアスポラ』で出てきたような『架橋者』的な存在が必要になったりするのかなあ、とか(*2)

 それで『一般の人』とのずれを確認したからといって別にどうする訳でもなし。というかそもそもコアなネットユーザとの間にだってずれはあるし、っつか大体僕メンヘルだし、世界とずれがある訳ですよ。今更この程度のずれでどうこうって話でもないですね、ってとこでニッチなネタいきますよ(*3)

 『ドーピングコンソメスープのうた』。『魔人探偵脳噛ネウロ』に出てきた狂った料理人の歌。これは質が高い。全部打ち込みなのかな(*4)。作曲できるって羨ましい、と思った。歌詞だけ読むのと実際聴くのとでは当然ながらインパクトが違う。他にも『ヒステリアのうた』『デイビッド ライスのうた』もあり。元ネタを知っていれば一聴の価値はあるかと。逆にこのネタを理解する為に『ネウロ』を読むという倒錯的な行為もそれはそれで楽しいかも知れない。ついでに、『ライスのうた』冒頭部分の鼻歌は相当危険だと思う。最初聴いた時は気付かなかったけど。

 取り敢えず、合言葉は「ゴシカァン」だ!(落ちが思い付かないので無理矢理)

§ そんな訳で「ゴシカァン」な気分

 先月下旬に両耳に新しいピアス穴を開けたので其処だけは入浴中もピアスを入れたままなのだけれど、左耳の方は6つ目ということでかなり上の方にきてて、髪の毛をタオルで拭く時など気を付けないとピアスが引っ掛かる。

 実際先日思いっきり引っ掛けて、「みぢっ」っていった

 一寸だけ流血した。ピアス穴完成が少し遠のいた。

*1: この定義についてはあんまり深く考えない
*2: 「また『ディアスポラ』ネタですか」「いやだってこの例は解り易いかと思って」「まずは『ディアスポラ』既読者と未読者の間を繋ぐ架橋者が必要かも」
*3: 適当な接続詞で誤摩化してるけど、全然脈絡無いですね
*4: それにしてはベースラインが生っぽいけど

02-24-2006 (金)

§ 長い夜は君を待ってる訳じゃない

 此処で管巻くのは要するにオフラインやらmixiやらの反動、と思って貰えれば。他で多少なりとも如才無く生活する為に、荒み成分をこっちに凝縮してるというか。要するに、この日記で荒んだこととか攻撃的な言葉とかひねくれた姿とか晒してるうちは、逆説的に、他の場処ではどうにかやってるんじゃないかな、と。たぶんね。

 『萌え要素』=『弱さ』という話を少し前に書いたのだけれど、その傍証となる記事を発見。『FIFTH EDITION』というブログのまさに『萌え絵について』という記事。非常に平明に書いてあって、しかも的確だと思う。此処からリンク辿ると更に興味深い記事がいろいろあるのだけれど、あまり絡んでると僕が大変なので此処までに。あと、『可愛い』と『セクシー』と『萌え』の関係性に関しては個人的には多少疑問があったりもする(*1)。さて、後は『腐女子的萌え』が上述の『女の子萌え』とどう繋がるか(または繋がらないのか)、といったところか。この『男オタク』と『腐女子』の関係性についてはまともな論を見たことが無いのでなんか自前で考えなきゃいけないのかなあ。めんどくさいなあ(別に誰も強制も期待もしてないのに)。つか男オタクが腐女子を切り捨てる傾向はそれ単体でも興味深いんだけど。

 ところでこれはもう『萌え』じゃなくて完全にポルノの話だけど、エロゲの画像とか見てて最近頻繁に思うのは「これ乳首でかすぎじゃねえ?」と(*2)。なんか今にも母乳出そうなのばっかり。そうじゃなかったら完全幼児体型か。どっちにしても辟易なんだけど、これって『母親(*3)』か『ペド(*4)』の二択なのか、というのは穿ち過ぎ?いずれにせよ僕に『二次元』は向いてないっぽい(*5)

 つーかここまで分析したら僕も『萌え絵』が描けるようになるかなー、とか思ったけど、たぶん無理。だってきらいだもん。この自意識の枷を外せないうちは『萌え』には到達できないんだろうなー。

§ 脊髄に萌え絵を

 上の記事の言及先からいろいろと見て回ってたら、相原コージが萌え絵を描こうとしてる、という話にぶつかってみたり。しかもそれをブログ読者が添削してたり。なんだか面白いことになってる模様。

 で、すごく感覚的なとこで相原氏の最初の絵は僕には『萌え』に見えないんですよ。で、それが例えば添削後の豆太郎氏の絵や、鶴見六百氏の指摘(や線の省略具合)を見ると『萌え』に近付いてる感じがする(*6)。で、実際に画像が存在する訳なので、元の絵と『添削』された後の絵を較べて、なんつーか『差分を取る』というような処理をすることで『萌え絵』の要素を或る程度抽出できたりするんじゃないか?とかね、そういうことを考えたり考えなかったり。誰かやってくれないかなあ。と云いつつ一寸だけやってみる。

 ぱっと見で特に豆太郎氏の『直し』で変わったのは髪の毛やスカートの広がり具合。実際リアルな服の皺とか身体のラインというのは割と軽視されてて、その代わりにツインテールの広がり方、毛先の乱れ方、スカートのドレープが現実に有り得ないレヴェルまで描き込まれてる。ディフォルメの方向性としてこれは重要っぽいです。そして一寸困ったような表情。『萌え要素』=『弱さ』(*7)という観点から見るとすごく正しい感じがします。鶴見氏の『添削』に関しては記号的なものに拘泥し過ぎているきらいがあるのですが(これはこれで重要ではあるのですけど)、ポイントは輪郭の修正。そして不要な線を消しているところ。この『線を細く、少なくする処理』は重要っぽい。輪郭は『エッジ』の立たない、柔らかさを感じさせるもの。上の記事とも繋がるけれど『幼児化』と云って構わないかと(*8)。そこに「胸を大きく」という指示(=『大人の女性』化)が入るところが興味深い。やっぱ『萌え』は『庇護欲+エロ』なのか?

 ……なんか「相原コージ氏までこんなに頑張って『萌え』を描こうとしてるなら、僕もやってみなきゃいかんかなあ」などと一瞬思ってしまったり。いや全然関係無いから。

 でもこれだけ頭では『記号的に』理解してても、実際手を動かすと拒否反応というか、判ってても違う方向に行っちゃうのは何故なんでしょうかね。なんかねえ、好きな相手にあからさまな嘘を吐く時みたいな抵抗感が。つかそもそも前提となる基本的な技術も足りてないし、萌えどころじゃないんだけどさ。

*1: 最近の所謂『乱れた日本語』に於いては「可愛い」というのは殆ど万能の褒め言葉と化してるような気がするし、『萌え』と『ソフトポルノ』の違いについては不充分ながら以前触れた
*2: 何故エロゲ画像など見てるのかを説明すると長くなるので割愛。エロゲ自体を探してる訳ではないのですが。ちょうどいいフェチ画像ってなかなか見付からないんですよ
*3: 『性行為のできる母親』が或る種の男の理想像、って話はよく聞くよなー
*4: ペドフィリア。幼児愛好症。私見だけど、これって支配欲の最悪に解り易い表れじゃないかなあ
*5: 『二次元』『三次元』という分け方もなんか違和感を感じるこの頃。3DCGは?とかね。いずれ書けたらいいかも
*6: 好きかきらいか、というのはこの際措く
*7: 庇護欲をそそる弱さ、なのか
*8: そういえば手塚治虫の絵も『柔らかい』ですよね

02-22-2006 (水)

§ clean and lean and mean

 自分だけがメタ視点持ってると思ってんじゃねえよ(挨拶)。

 今更髪の毛黒くしてピアス外して塾講師に戻るってのも非現実的なので(*1)、やっぱり障碍者作業所に通いつつもう一寸ましな職探しをすべきなんだろうなあ、と思いながら取り敢えず鬱をどうにかして下さい先生と云ったところで後1箇月して脳波検査受けて蕀波(*2)が消えてる確認ができるまでの我慢。障碍者手帳やらその他優遇措置も受けられず、健常者としてはやや問題抱え過ぎ。なんか隙間に挟まって動き取れない感じです。どっち付かず。実家が裕福じゃなかったらたぶんもうとっくに死んでるね。

 とか書くからまたいろんな人に心配されるのかもだけど、別に鬱なだけで他は普通に生きてますよ。精神状態に関しては15年ぐらい前からおかしいのでもう慣れてるし。

 ……で、何の話だっけ?キラアス萌えの腐女子に「なんだよひねりが無えなあ」とか云い放つ自分の無神経さ及び思慮の浅さ?自分だって王道カップリング好きな癖にね(*3)。ああそういえば大変遅まきながら最近やっとムヒョとロージーの読み方が解ってきたかも。読み方といえば『ネギま!』も余計なヲタ向けお色気をカットして筋を追ってくと面白い、のか?しかし赤松健はぱっと見あれだけおかしいことやってても全然『狂ってる』気がしない。ロケットで突き抜けてない。そこが『上手さ』なんだろうけど。いや、ほんと上手いとは思う(あんまり褒めてない)。そして売り方は下手なんじゃないかと思う。『王道少年漫画』としての売り出し方もあると思うのに。

 『万物理論』はやっと半分ぐらい。位相幾何学は昔から苦手だったんだよなあ。でもほんとに驚くほど面白い。ハードSFってこれから『グレッグ・イーガン以前』と『グレッグ・イーガン以降』みたいな分類ができちゃうんじゃない?スポーツ漫画に於ける『スラムダンク』みたいに。寧ろ「SFとかってあんまり……」という固定観念のある人こそできるだけ早く読んでおくといい、ような気がする(*4)。とか書くと僕がかなりのSF好きみたいだけれど、別にそんなでもないです。真のSF好きは高河ゆんを突っ込み無しで読めないんじゃないかと思う。いやSF好きじゃなくても突っ込むかそれは(*5)

*1: 髪はまだいいとして、穴だらけの耳は隠せないし。っつか現役離れて久しいから勉強し直さないと無理です。そして勉強し直す時間も体力も気力も無いんだな
*2: 脳波の中に現れる棘のような不規則な波。スパイクとも
*3: 祐×祥とか志×乃とか
*4: というか、もう既に『早く』はないのだけれど
*5: 何度も云いますけど、好きですよ高河ゆん

02-20-2006 (月)

§ 本当のことは森の奥

 グレッグ・イーガン『万物理論』を読んでいる。現在まだやっと第2部に入ったところ。表題になっている物理学の統一理論はまだ折り重なった薄衣の向こうに微かに見える程度。
 ただ、主人公の思考形式というか、感覚の在り様に対してかなり強く感情移入できてしまうというか、「あるある」と思ってしまうのがどうにも厭だ。主人公が恋人と別れる場面やその後の一寸したエピソードは、なんだか他人事の気がしない(僕自身はそんな修羅場を経験してはいないけれど。というか、そもそもそんなに有能でもないし)。ガチガチのハードSFなのに。

 それでもかなり面白い。話自体が殆ど進んでいないにも関わらず、世界観の記述だけで読ませる。流石だと思う。

 ついでに。僕の側頭葉のどちらかには小さな傷がある、らしい。

 もう少し上手く(優しく、と云えないところがもしかしたら僕の欠陥なのか)できたのかな、と今になって思うことが時々ある、という話。もう1度やり直したとしてもきっと同じようにしかできないだろうから、やり直したいとは思わないのだけれども。

 取り敢えず現役女子高生にリサーチ依頼。人脈は大事だ。

02-18-2006 (土)

§ 眠い頭で適当に書き飛ばしてるだけですよ

 つか、腐女子の萌え(昨日の続き)といってもいろいろある訳ですが、というか、男性オタと同じで『世代』があるんじゃないかと。前にも書いたような記憶があるけど、『JUNE』→『やおい』→『BL』とか、そんな感じ。世代が下る毎にポルノ的になってく。後は最近の少女漫画はもうどうしようもなくエロ、というか、『ロマンティック・エロス・イデオロギー』って感じですかね。なんかやばい気がする。それと関連しそうでもあるんだけど、女性で、前回述べたような『男オタ的萌え』に走ってる人。乱暴に云っちゃえばあれですよね、男性的価値観の内面化とかそういう話が『萌え』でも起こってるんじゃん、と。でも女性から見た場合は女性恐怖とかミソジニーに繋がるのか?ってのが難しいところ。実は繋がるルート自体はあるんじゃないかと見込んでて、その辺ほんとやだなあ、とか、やばいなあ、と思ってるんですけど。

 いずれにせよ腐女子(基本僕の射程範囲は主にやおい)に関してはもう少し考えてみたいなあ、とかずっと云ってるけど進んでない。いっそ百合から逆照射する感じで考えた方が解り易いのか?でも歴史というか、今までの資料や研究の積み重ねを見ると腐女子からのアプローチのがやり易そうだし。

 後、偶々ともだちのブログ見てて思い付いたのは、バンギャとかそっちの話。なんか繋がりそうな予感があるんだけど、錯覚かも知れない。でも『生もの』とかそういう話もあるしなあ。んー。

 つーか塾講師続けてればよかったかも、とこういう時一瞬思う。あれこそ正にフィールドワークだったなー、とか。あの生活は身体壊すからあんまりやりたくないけど。ああもう今はほんとつまんねえ。

 昨日の記事、言葉遣いなど多少直しました。

 もういいや、寝る。

02-17-2006 (金)

§ それで上手いこと云ったつもりか

 『キモメン』って『キモいメンタリティを持つ者』の略ですか?

 つか、他人に「キモい」と云い放つのはただの無礼な莫迦か単に挑発してるのか無礼な莫迦が挑発してるのかのどれかなので(*1)黙殺しとけばいいと思うのだけれど、自分で自分のこと「キモい」って云われるとなんかもうどうにも遣り切れないというか、延々と思い悩んだ挙げ句「うん、そうだね」としか云えなくなる感じなのでできればやめて欲しい。

 ところで、最近「『萌え』はソフトポルノだ」という言説を(反対意見も含め)よく見掛ける。『嫌オタク流』が発祥?それ以前から細々とはあったような気もするけれど。で、一寸考えてみたんだけれど、考えてみたら『ソフトポルノ』という言葉の定義がいまいち解ってなかったのでお話になりませんでした。っつかそれ一般に流通してる日本語?いやまあ何となくニュアンス的な感覚めいたものはそこはかとなく伝わってくる気もしないでもないんだけれど。

 で、何となくニュアンス的(略)を基に考えてみた、んだけれど、半分ぐらいは合ってるように思う、けど取り零しがある感は否めないというか。大体この手の話っていつも男オタクの話しかしてませんよね。まあ『萌え』に関しては腐女子の萌えのが寧ろポルノ的な気もしたりするので今回は結果オーライなのかもだけど(*2)。まあいいや僕も今回は男オタクの萌え(というか、『非腐女子的萌え』とでも呼べばいいのか?こう、女の子キャラに対する萌え(*3))について一寸。何が取り零されてる感じがするのかなー、と。

 そしてなんか厭な気持ちになってしまった。意外に萌えって反ポルノ的なところがある(射精(*4)を目指さない、という点で。そういう言説も何処かにあった筈だけど忘れた)。ただふにふに柔らかいぬいぐるみの中で寝そべってる感じ。それ自体は厭じゃない。けど、『萌え』を構成する記号というか、まあつまり『萌え要素』って……『弱そう』だ。もうこの際極論を云っちゃうと寧ろその『子供っぽい(または実際に子供)』『拙い(動作、言葉遣いなど)』『地位が低い(メイドとか)』など含めた『弱さ』こそが『萌え要素』なんじゃないか。……と思うと一寸やな感じしませんか?

 まあ仮説に仮説を重ねて飛躍は続くんだけど(*5)、要するにこれって女性恐怖の裏返しじゃねえの?という思い付き。で、やな感じな訳です。で、ついでにこれ重箱の隅と思われるのかも知れないんだけど個人的にすごく気になったのが『苺ましまろ(*6)』のキャッチコピー。あれです、「かわいいは、正義!(*7)』というやつ。あれすごく象徴的な気がする。いや、だってさ、逆必ずしも真ならずとはいうものの、かわいいが正義だったら、『かわいくない』は?って(*8)

 いや、いいんですそれでも。人は他人を不幸にしない限り幸せを追求する権利があると思うし。『萌え』が幸せならそれを批判するのもなんか違う、とは思ってるんです。けどなー、上述したような『萌え』があるとしたら、『ソフトポルノ』より危険な道だと思う。自覚して抑制してるうちはいいけど、こういう感覚ってミソジニーや封建的男尊女卑思想と親和性高そうで、そしたらポルノより或る意味迷惑度は高くなる可能性を秘めてる。

 そして以上の『萌え』に百合を含めるべきなのかは現在のところはっきりしてません。個人的に百合萌えは腐女子の対偶っぽい感じで扱うのが適切かと思うんだけど、消費のされ方は上述の女の子萌えやレズものポルノと区別付き難いし。

 さて、シオドア・スタージョンの『時間のかかる彫刻』を先日読み終わったのだけども。
 あんまり面白くなかった。古典的SFと非SFの混じった短編集。SF分については如何せん約40年前ということで古くさいのは仕方ないとしても、物語的必然を感じられない部分も多く不満。非SF部分(結局こちらが読むべき大部分になるのだけれど)は……上手い。のだけれど、それ以上のものは感じられず。これも年代の所為なのか。いずれにせよ日本で育った人間が21世紀に読むには適さない。気の利いた古典SFの短編なら星新一を選ぶべきだし、恐らく大多数の人が無意識にそうしているだろう。
 全体の感想としては「誰が上手いこと言えと(ry」という感じ。で、この記事の題名に繋がる、と。で、上手いこと云ったつもりなのか自分?

 とか、こういうメタとかそういうのほんともうやだ。気の利いた言葉とか反吐が出そう。

 此処は劇場じゃない。

 とかね。

*1: 適当に決め付けてみる
*2: とはいえ僕は腐女子ではないので、あくまで外から見た感じとして
*3: 女性も女の子好き、という話は前にちょろっとしたと思う
*4: もしくは性的絶頂
*5: と、云い訳を形式上入れておく。でも免罪符にはならんよな
*6: だっけ?
*7: だっけ?
*8: ここは敢えて丸投げにしとく。ただでさえ今日長くなってるし

02-12-2006 (日)

§ help me, the meaningless tunes

 陰々滅々ウダラウダラとしてるうちにすきな人の誕生日が過ぎてましたようあああ。
 でもまだメールとか書くのは多少きついので今暫し。

 それでも1日1回ぐらいはmixiにログインする癖は無くしたい。というか、ネット接続の時間自体を減らしたい。なんかもっと要らないもの削りたい。っていうか、何よりもこの自意識が要らねえよ。

02-10-2006 (金)

§ 名乗る必要は無い、2秒で終わりだ。

 邪魔な相手に「死ね」と云うように、必要な相手には「生きろ」というエゴ。

 別に責めようとは思わない。鬱陶しいけど。というより、人間関係からそういったエゴを取り除くのは不可能だろうし、よしんば取り除けたとして、それを『人間関係』と呼べるのかどうか。つか本気で「誰も傷付けたくない」とかそんなこと思ったら存在自体やめなきゃ無理。それこそ過去に遡及して存在の痕跡全て消し去るぐらいじゃないと無駄。

 という訳で。

 お前ら死ね(*1)

*1: こういうのたぶん一番本気に取らないで欲しい人に限ってピンポイントで本気にしちゃったりするんだろうけど。で、ほんとにくたばって欲しい相手には届かないんだけど

02-09-2006 (木)

§ 身を削って……何をしてる?

 取り敢えず薬は確保。っつかあと半年ぐらいは癲癇治療に集中して抗鬱剤は無し、ということで。大丈夫だろうか。いや大丈夫なのは判ってるけど、別にこの程度の鬱で死ぬことは無いだろうし。でも経験上死なない程度だって判ってても苦しいもんは苦しい訳で。喩えるなら断続的に狂わない程度の頻度で黒板引っ掻く音聞かされるとか、毎朝服の何処かに必ずゴキブリの死骸が入ってるのを発見するとか、そういう生活。ってこの比喩だと『苦しい』ってより『気持ち悪い』だけど、それでもあながち間違いでもないような気がするのでいいや。要するに『死なない』のは判ってるけど、頻繁に『軽く死にたくなる』のも判ってる現在と未来。

 そんな訳で早速バーニング鬱(c.大槻ケンヂ)な訳ですが。久し振りに眠れない。そして、身体を持て余す。肉体が重い(比喩的に)。突発的に、当然のことのように、煙草を喫いたくなったりもする。欲しいのはニコチンじゃない筈なのに。ひたすらいろいろなブログやら掲示板やらを眺める。書き込みはしない、他人に向かう言葉が出てくる状態じゃないから。似たような理由でmixiもそれほど見ない。BGMはiTunesのシャッフル再生。何か探してる気がするのだけれど、何を探してるのか自分でも解ってない。ただ、見付からない、という気持ちだけが募る。追い立てられるようにリンクをクリックする。何も見付からない。何も。何も。心臓の下の方がちくちくするような感覚。延髄の辺りから枝が伸びて皮膚を破り、腕が肩からもげる。脳に細い針が何本も

 ……というような妄想から一時的にでも逃れる為に絵を描くことにしました。僕が描く理由の大半はこんな感じ。文章を書く理由も似たようなものかも知れず。ということで画像サイトに1点追加。以前から実は2次元で人形、というかオブジェを造りたいんだよな、と思ったりしていたのだけれど、見ても全然そういう風には見えないかも。力不足が口惜しい。つかほんと全然いろいろ足りてない。

 って、大体イラストに限らずアマチュアでなんか作る人って「ああもう全然駄目」みたいなこと云いがちでしょ?謙遜で。でも今回ほんとなんつーか、自分で描いてて「足りない」と思った。今の実力だとここまでしか描けなかったのが絵に申し訳ない。それでも人の目に晒すのは……思うような出来じゃなくても、それでも「出来ちゃった」から、としか。生まれたものはもう僕じゃないから。

 あー薬効いてきたのかな、今更眠い。なんか病気の話が続いて沈んだ印象かも知れませんが、長期的に見るとこういう感じが基本路線ですから。はてなやら何やらに絡んでた時は例外的に元気だったんですよ。

02-07-2006 (火)

§ 倒れた。

 体調不良で病院に行けないというパターンはいいかげんどうにかしたい、というか、それがパターンになるぐらい繰り返されてるのもどうかと思う。

 取り敢えず午後は帰ってきて寝ていたので割と元気になった。でももう夜中だし。ちゃんと寝て明日は薬取りに行かないと。なので今元気でもしょうがない、というか、元気を持て余す。心底ダメだと思う。

 まあほんとに危険な時は日記の更新なんてしないので、要するに今は割と大丈夫ってことですよ。

02-05-2006 (日)

§ 財布の中に103円

 まじです。明日銀行に行けないと軽く危ないかも知れません。もう食べるものパスタしか無いよ。

 で、きっと寝過ごすんだけど。起きる頃にはATMも止まっちゃっててね。まあアレだ、ダイエットには最適。ほんとに痩せますよ、こういう生活してると。

§ えーと

 なんかともだちに喧嘩売るようなこと書こうと思ってたんだけど忘れた。いや別に喧嘩売るのが目的じゃなくて、なんか僕には気に入らないことがあって偶々ともだちはそれが好きとか、そういう程度なんだけど。

 無理に更新しようと思ってもなかなか書けない、という典型例。

02-03-2006 (金)

§ 『狂える漫画家』としての高河ゆん

 世に漫画のジャンルは数あれど、1つのカテゴライズの仕方として『狂ってる漫画』というのがあるように思う。どちらかといえば漫画よりは『漫画家』のカテゴリーなのかも知れないけれど。例を挙げれば板垣恵介、荒木飛呂彦、石川賢、山口貴由など。説明が難しいのだけれど、作家のエゴが作品の整合性や作劇上の必然性などに優先しがちなタイプ。要するに「上手いことまとめるにはこう描く方がいいんだろうけど、今オレはこれ描きたいからこっちで描いちゃえ」とか、「プロット的にはこっち方向で出来てるんだけど、この絵面(設定/展開など)入れたいから描いちゃえ」というようなの。もしかしたらそんなことすら考えてなくてただペンの進むままに描いてるのかも知れないのだけれど。

 で、まあそういう描き方をしてたらごく少数の例外を除いてグダグダになるのは目に見えてるのだけれど(*1)、そのグダグダ感も含めて(一部のファンに)深く愛されているのが上に記したような漫画家なのではないかと。なんつーか、もうこの人はしょうがないよな、という感じで。

 そこで高河ゆん氏。先述の名前と並べるとかなりの違和感があるとは思うのだけれど、実はこの人も『狂ってる』系譜の漫画家なんじゃないかと最近思い付いたので。違和感感じるのは他の面子が『男臭』を放ち過ぎてるだけで、その部分を捨象したら意外に共通点、というか、上記の条件満たしてる気がするんだけど。というか、そういう読み筋で読むと新たな面白さを発見できるんじゃないかと思ったので。

 だって『LOVELESS』の猫耳設定(*2)とか、常人に考え付くとは思えない。そして考え付いたとしてそれをほんとに描く気になるというのがまたおかしい。明らかに狂ってる。しかも別に猫耳メインで話が進む訳ではない辺りが更にすごい。もう猫耳の存在は『背景』というか、『当たり前』の事象として、その上で設定上『当たり前』じゃない話が進行してくという。ついでにヘテロのカップルが殆ど存在しないのはいつも通り。

 正直もう今更高河ゆんでもないだろ、とか思ってた時期もあったのだけれど、いや今の高河ゆん氏は面白くなってると思うんだよな。絵も(好ききらいはあるとして)上手くなってると思うし。つかこの人の漫画は後退のネジが外れてる気がする。

 ついでに、あの猫耳は『同人殺し』かも知れないと思ったりもしたのだけれど、それについてはまた気が向いたら。

§ 画像サイト更新

 ちっちゃいイラスト1点追加しただけでなく、デザイン自体全部変えました。CSSだけじゃなくてHTMLのレヴェルで多少いじってるのでもしかしたらWin+IEでも今度は大丈夫……かも。
 駄目だったらもういいです。

*1: そういう意味で荒木飛呂彦氏ってのはやっぱすごいと思う。細かい粗だの設定の矛盾はそりゃいくらでもあるとしても
*2: この作品世界の人間には生まれつき猫耳と尻尾が付いてて、性行為をするとそれが取れるらしい。要するに見た目で性経験の有無が丸判り。『非モテ』の人が憤死しそうな設定