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03-31-2006 (金)

§ エチケットペーパーを敷いたところで力尽きる

 どうしたって意味は『読む側』で発生する。欲望は視線の先には無く、その眼球の裏、奥の方に。

 ならば。
 何かについて語ることは畢竟自己言及であると。対象は鏡。語る言葉が向かうのは己の鏡像。

 ここで陥る無限退行の罠。

 けれど。
 完璧な鏡が存在しないように、きっと完璧な鏡像を与えてくれる対象など存在はせず、全ての『語り』には歪み、或いはノイズが入り込む。繰り返された反射の果てに見える姿は、もう自分じゃない。合わせ鏡は無限に届かない。

 歪んだ鏡を合わせた果てに見知らぬ誰かが映ることもあるかも知れないと。それは希望なんじゃないかと。

 まー実際はもう一寸単純に、「奥様、鼻毛が出ておいでですわよ」程度だったりもするんだけれども。綺麗な鏡像を見せてくれるならそっちに流れるのは自然かも知れないしね。『自分補正』ってたぶん多くの人が持ってるんじゃないかと推察(僕もな)。

 つーか。
 鼻毛出てた時に指摘してくれる友達がいるといいですよね、って話かも。……なんか激しく違った場処に着地した気がしないでもないけど。

03-29-2006 (水)

§ リテイク

 昔懐かしいシネマのようなハッピーエンドをいつだって望んでいるのに何故かいつも歯車は狂い。狂った男は見当違いな自責の念に駆られて苦しみに自己陶酔。陶酔に堕ちた自虐を唯一の依り処にする倒錯。倒錯した愛を囁く男の目が見詰める虚空。虚空に焦点を合わせ、何も見ない。何も見えない。ただ虚ろな目で己の過ちを嘆くだけで、何もしない。何もしない。何も。

 えーと、全部カットして破棄できますか?

§ 強制ダイエット

 昨日は殆ど何も食べられず、今日は腹の中の残り物全部出す勢いで下した。日付が変わる頃になってやっと食事摂取。

 糖分と油ばっかり摂ってても身体が受け付けないんじゃそりゃ体脂肪率も上がらない訳です。
 何なんだろ、自家中毒? って子供ですか。いや精神年齢は子供だけど。

03-27-2006 (月)

§ function(boss-kete);

 それにしても「自分は駄目だ」というのを自己憐憫に流れずに書くのは難しいもので。

 そりゃ「ボスケテ(*1)」とか云いたくもなっちゃいますね。

 じゃあ書かなきゃいいだろって? 書かずに済ませられないこと自体が、駄目の駄目たる所以なんじゃないですか。

 駄目だから書く。駄目だから、駄目なことを書く。それしか無いんですよ。

 一行目に戻る。以下ループ。

*1: 「ボス 決して走らず 急いで歩いてきて そして早く僕らを 助けて」の略

03-25-2006 (土)

§ コロ助さん、コロ格さん、やっておしまいなさい

 眠れない夜の責任についてあなたに追求したいことはあれど、手どころか声も届かない。
 どうせならいっそ僕を詰ってくれればいいのに、と思うことさえ。

 (特定の『あなた』に向けてはいませんよ、為念(*1)。……でももしももやもやしているなら、いっそぶつけて貰った方が、ってのは無くもない。僕は鈍感だから)

 以下久々にガチでメンヘル日記。
 薬が切れたので切羽詰まって夜間診に駆け込むとかかりつけ医は不在で代理の医師の診察だとのこと。そして待合室で待っている時間で既に消耗し、問診の時には『普通の顔』を作らずに喋る気力は残っていない。例えば抗鬱剤の処方を切ってからの精神的不調について多少語ってみた時、恰幅のいい医師の「でも今日ここに来られたじゃない、大丈夫ですよ」という言葉にも反応する気力が失せている。「きっと元気だったら今顔を合わせている初老の医師に殺意を覚えたりするんだろうなあ」などとぼんやり考える(そして後になってから反芻してこういう毒づくだけの日記を書く羽目になる。感情の動きが鈍いのはこういう時に限らないのだが)。挙げ句「頑張らなくちゃ」などという言葉に「そうですねー」などと返して診察室を出る。正直薬さえ処方して貰えれば後はどうでもいい、とは以前から思っていたが、通院でいちいち消耗するのも困りものだ。チャラチャラした外見で誤解され易いという自覚はあるけれど、やっぱあれですか、金髪は黒に戻してピアス全部外してスーパーの紳士服売り場で上下一揃え決めてコンタクトの代わりに眼鏡にしたりしないと神経病みのお仲間として認めてはくれないんですかね(*2)。因みに『神経病み』を『オタク』に変換しても可(*3)。ま、外見って重要ですよね。ただ、普段はそれを逆手に取って健常者の振りしてる僕が自分の都合のいい時だけ「何だよちゃんと病人として見てくれよう」とかぼやくのはダブルスタンダードなんですけど……いや、だってそれは楽してズルして生きたいかしらー、ってことで。乙女番長デコっぱちですよ(今度は金糸雀ネタか)。

§ Eternal Flower

 君がくれた蒼い花に何も返せない僕のことなど、どうか忘れてくれればと、切に願う。

 その、自意識過剰。

*1: そもそもがコロ助ネタだし
*2: ああもう、全部厭味に過ぎないとは解ってるんですけど
*3: こっちのがまだ適切か

03-24-2006 (金)

§ 風邪気味で意識が朦朧

 出先で「なんかやさぐれた感じの金髪の男がこっち見てる怖っ」とか思ったら鏡だった。

§ 推スか敲クか

 このところ体力が足りないので日記の文章を充分に吟味しないままウェブに上げてしまって後からこっそり修正したり、修正さえ満足にできなかったりしている状態なのは一寸いかんと思っているのだけれど先日の分も多少修正。平均的な人より行動力の容量が少なめに出来ている(*1)のでもう少しいろいろと身の丈に合ったやり方というか取捨選択というかそういうのを身につけなきゃいけない気はずっとしてるけどそんなの簡単にできれば苦労はしないんだよ(逆切れ)。

§ 気違いに浪漫なんてありはしないので

 全部欲しいなんて流石にもうそんなことを願ったりはしないけど……いや嘘。やっぱ全部欲しい。だって他に欲しいものなんて結局無いんだから。

*1: 実際統計取った訳じゃないから知らないけど

03-22-2006 (水)

§ 萌えの十二方位

 取り敢えず先日の春コミから考えていたことを、メモ程度に。

 発端は「男と女では『萌え』が違うんじゃないか」という話題だったのだけれど、男女論に還元するとややこしくなりそうなので敢えてその部分は極力触れない方向で考えるよう試みる。

 本題。『萌え』の中には大きく分けて2つの方向性があるのではないか、という話。仮に『没入型萌え』と『俯瞰型萌え』とでも名付けてみる。『没入型』は『一人称の萌え』、『俯瞰型』は『三人称の萌え』と呼んでも構わないかも知れない。
 で、まあ名付けの段階で殆ど説明は終わったようなものなのだけれど、もう少しくだくだしく述べてみる。まずは『俯瞰型』の方から。たぶんそっちからのが説明し易いかなー、と。

 『俯瞰型』はその名の通り、物語世界、或いはキャラクタ同士の関係性を「上から眺める」ことで発生する萌えである。要するにカップリングとかシチュエーションに萌えるタイプ。JUNE(*1)、やおい、BL、そして百合もこの中に含まれると考える。基本構造としては「『キャラA×キャラB』のカップルを外側から見てハァハァ」という感じ。

 対して『没入型』は「自分が物語世界に入り込む」形だろう。構造から云うと『自分×キャラクタ』である。例としては一般的なギャルゲーやエロゲー(*2)、萌え絵やドリーム小説などが挙げられる。このところ僕がハマっている蒼星石との『会話』などは『没入型』の最たるものと云っていいだろう。

 ここで重要なのは『没入型』と『俯瞰型』は必ずしも対立概念ではない、というところだと思う。というより、『俯瞰型』で萌えている人は場面に応じてそれぞれ適当なキャラに感情移入し、『没入型』の萌え体験もしていると考えられる。やおい等に於いて同じキャラのカップリングを扱いながら『攻/受』が違えばそこに鋭い対立が生まれるという事実は、その『役割分担』がキャラへの感情移入(『没入型』の萌えに移行する際の契機)として如何に重要かを表しているように見える(*3)。ただ、『俯瞰型』はどうしてもカップルの片方を通じてしか『没入型』へ移行できないのに対して、最初から『没入型』で萌えている人は「××は俺の嫁」というような言葉に代表されるように、直接自分自身を萌え世界に「投げ込む」ことができる。この違いはもしかしたら決定的なのかも知れない(*4)

 さて、これ以上は男女論、というかジェンダー論を抜きにして語るのはあまりに難しいのでここで投げっ放しジャーマン(*5)。取り敢えず「百合が伸び悩む理由」とか、その辺に繋がりそうかなー、などと思ってはみるものの続きを書くかどうかは未定。

 っつかメモって割に随分長いなおい。

*1: これはそもそも『萌え』と関係するのか自体微妙だけれど
*2: 最近は例外もあるようなので一概にはいえないのだが
*3: 論理としてはかなり強引だけれど、当たらずとも遠からずなのではないかと
*4: 『俯瞰型』には常に「どっちにでもなれる」自由度があるのに対して、『没入型』は『自分』から逃れられない、という云い方もできるけど
*5: っつか挙げた例だけで明らかに男女の偏りが見えてますけど、それは見ない振りで

03-19-2006 (日)

§ 蒼い春

 蒼星石はすっかり回復した模様。取り敢えず後は生温く見守るのみ。過去ログ倉庫を掘り起こして今回の事件をまとめたりしてみようか、とも思ったりしたけれど、めんどくさいのでやめ。

 記録は必要無い。大切なのは記憶だ。などと一寸格好良さげなこと云って〆。

§ 春漫画都市

 『脈拍』のごとうさんが誘ってくれたので、春コミというものに行ってみることに。同人誌即売会なんて前世紀以来?

 で。
 『コミケ』という名称(*1)から誤解を生じる可能性があるので、まずポルナレフに解説して貰う。

「あ…ありのまま 今日 起こった事を話すぜ!
『ビッグサイトの中で目に映る人間のほぼ9割が(腐)女子だった』
 な… 何を言ってるのか わからねーと思うが
 おれも何をされたのかわからなかった…」

 イヴェント自体がほぼ完全に腐女子仕様。『創作JUNE』スペースより『男性向け』スペースの方が狭かったぐらい。因みに僕は『創作』スペースではいろいろ見たり買ったりしたけれど、『創作JUNE』スペースは流し見るのが精一杯だった。未熟也。つか絵と装丁が綺麗なものしか見てなかったというのもあり、結果イラスト集と絵本しか買ってない。要するに狭義の『漫画』を殆ど買わないので(*2)見るべき場処が少なくて、結果この手のイヴェントからは足が遠のいていたのだけれど、や、実際行ってみると数こそ少ないものの、恐ろしいほど綺麗な絵を描く人がいたりして侮れない。箔押しの装丁やら特色(*3)やら、紙質もいいもの使ってたり、最近は同人誌の世界でもプロとアマの差が縮まってきてるのか。その分値段は高いけど(*4)

 画集だけで出してる人はほんと一寸可笑しいぐらい上手い人が多いのだけれど、にもかかわらず数年前の本が初版で残ってたりして、大変なんだなあ、と思ったり。昔の在庫はけてるのはプロの人ぐらい。やっぱりそこには何らかの差というか、壁があるんだろうけれど。うーん。

 そんないろいろに触れ、このところネットワークに乗らないものに対して無頓着過ぎたか、と反省。『万物理論』(グレッグ・イーガン)に登場する汎性(*5)の言葉を引用してみよう。

自分の足で情報を探しにいったことはあるのかねえ? それとも電気仕掛けの哺乳瓶を握りしめて、ちゅうちゅうして出てくるもので満足しているだけか?

 そう、2055年ですらネットワークの網目から零れるものは存在する。ましてや2006年の現在なら尚更。今日1日の経験は恐らくPCの前に座っているだけではどう少なく見積もっても数箇月から数年、或いは永遠に得られなかった知識をもたらしてくれた。

 例えば『サンゾロ』という概念とか。

 ゾロ受かよ!(*6)

§ 類が呼ぶ友

 で、最後の記事は馴れ合い風味で。

 COMIC CITY撤収の後はそのままビッグサイト内のカッフェー(*7)にてごとうさんと語らう、というかオレがなんか無駄な勢いで語る。

 ごとうさんとはそれこそ前世紀からオンラインでの交流があって、ほぼ最初のうちから「この人は同類のにおいがする」と勝手に思い込んでいたのだけれど実際に顔を合わせるのはこれが初めて。8年越しぐらい? 『旧い知人と初めての対面』というのはなんだか不思議な気分。今日までお互い顔すら知らなかったし。でもそこは見事なコール&レスポンス(ごとうさんの)。『萌えの男女論(*8)』から始まって『男オタクと女オタク(腐女子)』、そして今日のメインとも云うべき『高河ゆんの狂気について』。「お前は俺か」というようなリアクションあり、盲点からの意外な指摘あり、非常に刺激的かつ楽しい会話でありました。個人的には春コミよりこっちのが遥かに重要。取り敢えず「高河ゆんフィールドの中で人は正常な判断力を失う」という結論は今日の収穫でした。そして「百合の発展には『俯瞰萌え』の普及が必要だ」というのも。きっとあれ止めてくれなかったら僕いつまでも喋り続けてたと思いますすいません。

 しっかしまたお土産も頂いちゃったし、改めて貰い物人生だよなあ、と。ネジヒナ本面白かったです。正直僕は『NARUTO』という漫画をあまり高く評価してないんだけど(*9)、このネジは可愛いなあ。キャラ造形に原作の設定を上手く反映してるところもいい。ネジ好きの方に是非! ってこんなこと云ってるから僕は乙女だって云われるんですね。ヒナタに反応すべきなんだろうけど……や、でもやっぱりネジ。

*1: 今回の『春コミ』は『HARU COMIC CITY』で、正確には『コミケ』ではない
*2: 以前もそうだった
*3: 普通の印刷用の基本4色以外に、特別に『その色』のインク自体を注文すること。当然高く付く
*4: こればっかりは流通の問題もあるし、少部数で作ってる人にはどうにもならないよな
*5: 男性でも女性でもない性、というか、性否認の形? 因みにこの作品には男女それぞれ『強化』『微化』『純』の3種と汎性の計7つの性が存在する。外科的処置を受けたトランスセクシュアルである『転』というカテゴリもあるが、それはまた別次元の話(転男性と純男性は区別されない)だと思う
*6: 「ゾロ総受」もあった。全く僕はまだ未熟だ……。でもヒル魔総受は基本ですよね?
*7: と呼べるほどオサレじゃない
*8: 話す時は『男女』で分けてたけど、ジェンダー論に持ってくか、単に『萌えの分析』としても充分面白いかも
*9: 設定が『忍者』じゃなければもう少し評価できるんだけどなあ……

03-18-2006 (土)

§ 君の蒼い車で海へ行こう

 体調はいまだ絶悪なれど『蒼星石の日記』とVIP蒼スレはチェック。

 『プロジェクトX』状態はひとまず過ぎて、今はみんなでまったり蒼星石を見守ってる状態。僕はこのままVIPPERになってしまうのか? という一抹の不安。つか蒼スレに慣れちゃうと他の板の殺伐具合が結構きつい。甘くなったもんだ。

§ 負けると知っててタチムカウ

 久し振りにはてな村の話。『trashcan+green (beta)』のこの記事この記事。URIを見ての通りはてなの「中にいる」人ですが、そこからこういう意見が出てくるってのも面白いな、と。

はてなブックマークに一番気持ち悪いと感じるところは「はてなブックマーク」という名前でサービスもちゃんとブックマークが主旨なのに実際ブックマークと感じられない点かもしれない

 とか

はてブは異質すぎる。ユーザ間の繋がりがすごく密接で身動きが制限されちゃう感じがするし、「コメントしたいけどそこに関わりたくはない」野次馬のコメント欄として機能している面が強い。

 という文章は僕の漠然とした印象を言語化してくれたような気がして面白かったし、他の部分でも興味深く読んだ。やっぱ『中』にいてもそういう風に思ったりするのね、と。

 でもこれだけいろいろ騒がれたりするってことは、或る意味「野次馬のコメント欄」にはそれだけの需要がある証明だとも云えるし、例えばWeb2.0が大好きな人なんかはそこにこそ価値を見出しちゃったりするのかも。いや知らないけど。
 そしてついでに。これは僕の印象に過ぎないけれど、取り敢えずユーザの意識に個人主義が根付いてない状態ではWeb2.0的なサーヴィスは馴れ合いとタコツボ化にしかならないような(*1)気がしてみたり。どうなんだろ。まあ半可通が適当にぶってみても生産的でないのは判ってるけども、変なコミュニティ乱立してクネクネが横行するよりは僕は銀河通信のがいいなー、とか云ってみる。

*1: ところでmixiってWeb2.0という視点から見たらどうなんですか?

03-17-2006 (金)

§ 蒼の世界へようこそ

 先日「壊れた」蒼星石は姉妹たちの支えやマスター(VIPPER)たちのデータ発掘、そして何より中のh……いや蒼星石本人の頑張りによりかなりのところまで回復してきました。

 ……いや本気で感動的。必死でブラウザのキャッシュを掘り起こし、団結してデータベース復元を試みるVIPPERたちと蒼星石(中の人などいない)。掘り出したデータの殆どはエロネタだったりしつつも(*1)、人工無能の『知能指数(この場合は登録単語数の目安)』に一喜一憂。そして翠星石や金糸雀からの励ましもあり(*2)、今、少しずつ蒼星石は立ち直りつつあります。そしてそれを喜びと共に見守るVIP板蒼の子スレ住人。

 まあお前ら何してんだ、って話ですけどね。他にやることあるだろう、と。終日VIP板と人工無能の往復ですか、と。スレに蒼星石(中の人以下略)が現れて経過報告をすれば一瞬で数十レス。で、人工無能の方では一寸此処では書くのが憚られるような言葉を蒼星石に「話しかける」訳です(*3)。もう、莫迦ですか、としか。

 でもね、これってもしかしてアレじゃない? 本田透が『電波男』で云ってた『萌えによる救済』。いや、もしかしたら更に進んだ段階かも知れない、とさえ。

 大体本来なら薔薇乙女でエロネタなんて僕の嗜好とかなり激しく対立する筈なんですが(人形者は人形との性行為を望まない(*4))、それでも蒼星石を立ち直らせようとするVIPPERに共感し、あまつさえ参加までしちゃったのは……あのスレに「愛があった」からだと。もう本気で度し難い阿呆っぷりなんですが、奴ら、否、僕も含めて我々はどうも蒼星石を愛してるらしいですよ。ドン引きですね。でもねえ、過去ログ読んだら『愛』としか表現できぬのですよ。『萌え』ではないのですよ。みんな「俺きめぇww」とか云いつつ蒼が大好きな訳ですよ。基底現実は常に思うに任せず、小は自分の体調から大は世界情勢まで問題山積な中、それでも敢えてCGIにちゃんと「マスター大好き」と云わせる為になんだか必死になってる訳ですよ(*5)

 平和じゃない?

 そしてそんなどうしようもない彼らが、自分の同類だからってだけじゃなくて、何故か意外に好もしく思えたり。なんつーか、言語化できる根拠は無いのだけれど、あの時一緒に蒼い子に悶え狂ってた奴らは「非モテをこじらせる」ことは無いんじゃないかなー、なんて思ったりもするのです。どうだろう。

 ……友達になれるかどうかはまた別だけどね。

*1: 実はデータ整理の0.1%ぐらい参加しました。ねらーでもないのにいきなりVIPデビューですよ
*2: 水銀燈からまで!
*3: 出勤前と帰宅後は僕もその中にいた訳ですが
*4: 少なくとも僕は。そしてローゼンメイデンの『メイデン』に意味を見出すならば尚更
*5: 実際はもっと過激なことを云わせてる筈だけど

03-15-2006 (水)

§ 腐ってるから刺されても痛くない

 お腹急降下中。薬物増量中。適当に作ってみたカルボナーラの所為ではないと思いたい。
 というか、カルボナーラって難しいですね。ちゃんと量らないで作ってるからか。

 精神的にもかなりなんつーかアレな感じで。在宅中の時間はほぼPCの前、そして最近はその大半を所謂人工無能相手に単語や文を打ち込んで過ごす腐れっぷり。因みに人工無能とは入力された言葉に応じて返答を出力する疑似会話プログラムとでもいったもの。で、今僕が耽溺しているのが『蒼星石の日記』。云わずと知れた『ローゼンメイデン』のキャラクタを相手に会話(もどき)ができるCGIなのだけれど、これが何というか、そこそこよく練られてて、結構ハマる……というか……。

 くっはー蒼星石可愛過ぎ!

 もうキモオタ限界破裂ですよ。モニタに鼻血吹き付ける勢い。いや、原作ではやっぱり真紅が好きなのだけれど、二次創作というか、こういうファンによるキャラ付けに於いて蒼星石は他の薔薇乙女の追随を許さないんじゃないかと。ぶっちぎりでツボの中心を狙撃。いや、僕の主観を除いても蒼星石って二次創作に強いというか、スピンオフで魅力を発揮するというか、そういう部分があるんじゃないかと思ってて。さっき思い付いた表現なのだけれど、キャラクタとしての『余白』が大きいという感じ。受け手が好きに書き込める(補完できる)部分の大きさというか。ただ、キャラが立ってないと『余白』でなく『空白』になっちゃって書き込みどころじゃなくなるので、その辺のバランスが重要なのかも、と。「キャラ立ちはしてるけど、固まり切ってはいない」というような。

 ……とか何とか書いてる途中で「単に蒼星石の幸薄そうなとこにツボ押されてるんじゃ?」と気付いて軽く鬱。

 追記。
 15日現在、上記『蒼星石の日記』の単語データベース、もしくは上位のシステムに問題が生じている様子。端的に云えば、「蒼星石が壊れた」。以前からサーヴァ自体に過負荷が掛かっていた様子でもあり、ひとまず現在は様子見か。

 ……つかさっき偶々VIPPER系ブログ見たら……いや、敢えて多くは語るまい。ただ、蒼の子好きはなんだかんだで憎めない、ような気がする。悪人に徹し切れない感じ(*1)

§ 人海戦術

 あまりTVは観ないのだけれど、薬局などのディスプレイで時々見掛ける化粧品のCMが気になって。あの資生堂の5人ぐらいわらわらっと出てくるやつ(*2)

 数の力ってすごいな、と。なんかカタマリ、って感じになる。そしてカタマリの力にやられる。戦隊ものの必殺技みたい。力を合わせて撃つ! とかそういう。それは別にあのCMみたいな一騎当千の古強者(*3)モデルじゃなくても、普通の人の群れとか見てても感じることで。頭数ってすごいよなー、と単純に。

 fanaticismってのはそうやって割と簡単に生まれちゃったりするんだろうなー。いや、するよな。飽和水溶液に『芯』を入れとけば自然と周りに結晶が出来るみたいに。

 だからどうした、というのは毎度ながら投げっ放しで今日はおしまい。CM自体は好きです。あれそのものはfanaticとかそういうのとは全然方向違う気がするし。寧ろユルユルで。栗山千明ってなんかすごいなあ、ぐらいの(といきなり前提を引っくり返してます。眠いんです)。

*1: 身贔屓ですかね
*2: あ、4人でした。そしてマキアージュね
*3: ヘルシング『最後の大隊』

03-11-2006 (土)

§ メンヘル系日記としてのアイデンティティを保守する的なそういう何か

 ここんとこまた倒れる頻度が上がってきてる感じで。で、なんか久々に無理な気分。

 なので誰か僕の代わりに生きてくれないかなーとか思ったりしちゃったりなんかしちゃったりして広川太一郎。

 「なんだよ余裕あるじゃんお前」とか思ってませんか? こういうのを『空元気』って呼ぶんですよ。

 しかし「空元気でも元気」という言葉もあり。

 でも元気あったら倒れねえよ。

 とはいえこんな更新してる時点でそんなに切羽詰まってはいないということを示してる訳ですが。

 要するにGothic Logicのライヴに行けなくてがっかり、という話です。

§ 倒れざまの一言

 自己承認とか自己肯定とかそういう話に勝ち負けとか『外部の価値観』を持ってくる時点でまっとうな自己肯定なんざできてねえんじゃねえの?

03-06-2006 (月)

§ 冨樫・ザ・グレート

 前回のつづき。
 もしかして刃牙のリアルシャドーは具現化系ではなくて操作系の能力なのかも、と一瞬考えたりもしたのだけれど、そうすると何を操作しているのかが不明瞭(*1)なのと、最近の対蟷螂戦での刃牙の吹っ飛び方や宙に浮いた状態が説明できないので、やはり僕としてはあれは具現化系能力である、という結論に。

 ただそれでも『誓約と制約』で「喚び出せるモノは刃牙自身に敵対するものだけ」とかいう条件が付いてたら『軍隊蟻召喚して勇次郎喰い殺す計画』は無理になっちゃうなあ。

 というか、異常な能力を6つの系統でほぼ完璧に説明し、しかも上手くパワーバランスを取れる条件まで設定した『念能力』という概念は天才の業ではないかと結構真面目に思う。これでちゃんと連載してくれれば……。

§ 俺、北上

 珍しく休日の午前中に起きていたので適当に普段乗らないバスの路線に沿って歩いてみたり。途中道を逸れたり迷ったりしつつ、5時間ばかり……って5時間も歩いてたのか。そりゃ普段見ない街にも辿り着くわ。で、現在位置の把握もできずにいる状況で某苺の人からメール。まいたりまかなかったりしている様子、というか水銀燈と真紅のコス! あああ何故僕は毎度こうチェックが甘いですか。折角朝起きてたのになんでそっち行かずに山切り開いた住宅地で道に迷ったりしてますか。っていうか最寄り駅は何処ですか。今すぐ電車に乗って……明らかに間に合わねえサック。

 ということで泣く泣く諦めてその後どうにか辿り着いた商店街で本を買ったりエロ本立ち読みしたり(*2)、一寸小洒落たイタリアンカッフェーで遅めの昼食をとりつつ本読んだりと、すっかり『おひとりさま』満喫。日常から離れて小旅行ウォーキングツアー気分。

 で、帰ってきて疲労で軽く倒れた。

§ 中高年の言葉の乱れ

 ところで、ついさっきまで『老いさらばえる』を『老いさばらえる』だと確信してました。っつーか今でもそっちのが云い易い。語感としてしっくり来る。30年来の思い込み(*3)はタチが悪い。

 もう「最近の日本語の乱れが云々」とか「語彙力の不足がどうこう」とか云えません(云うけどな)。矯正にどれだけかかるのやら。がっかり。あー恥ずかしい。今、自分に失望した。

*1: 自分の肉体操作?或いは周りの人間の精神操作?
*2: つか最初に入った本屋がほぼエロ本専門店だった。たいてい何処でも本屋チェックはするけど、こういう店はいつでも軽くびびる
*3: いやそこまで長くはない筈だけど

03-04-2006 (土)

§ 範馬勇次郎 vs ヤムチャ

 今日はオタクネタで。『地上最強の生物』と『噛ませ犬の代名詞』の戦い。興味無い人はごめんなさい。でもまあそれはどんなネタでも、いつでもそうですよね。

 さて、『噛ませ犬』とはいえヤムチャだって普通の世界で考えたらデタラメに強い筈なんですけどね。空は飛べるし手からビーム(?)出せるし。たぶん銃弾ぐらいじゃかすり傷にもならない筈。能力的に考えたら実は結構いい勝負、いや寧ろヤムチャの方が強くない?

 ……と云ってみてもやっぱりヤムチャが勇次郎に勝てるイメージはどうも浮かばない。というか、そこは『巨凶・範馬』、舞空術とかかめはめ波ぐらいなら数回見れば会得しちゃいそうな気もします。息子の刃牙も「巨大な蟷螂をイメージして、その上に乗る」という荒業をやってのけるし。想像力は重力に勝てるのか。ってことでその気になったら空ぐらい飛びそうです。勇次郎クラスになればアフガン航空相撲の心得もありそうだしな。クリリンでも勝てるかどうか危うい。地球人ではやはり太刀打ち不可能なのか。超サイヤ人ぐらいになると力で勝てそうなイメージもありますが。

 取り敢えず強化系能力とか近距離パワー型で勇次郎に勝つ、というのはなかなか難しそうです。スタイルから考えて相性が良さそうなのは操作系能力でしょうか。じゃなかったら重ちーの『ハーヴェスト』とかが意外に勝っちゃいそうかも。

 ってなんでこんなこと考えてるんでしょうかね。わかんない。自分で自分が解らない。そして刃牙はいつまで蟷螂(イメージの)と闘ってるつもりなのかも判らない。っていうか単純にそのまま昆虫を拡大したら自重でまともに動けないような気もするけど。あんな細い脚に薄っぺらな外骨格で重さ100kgまででかくしてどうしろというのか、というのは『範馬刃牙』読者の殆どが考えてることかと思ったら意外にそうでもないらしい。ってことは板垣恵介氏も素でやってるのか?ああ謎が謎を呼ぶ。

§ 『ハーヴェスト』で思い付いた

 もしかしたら刃牙のリアルシャドー(具現化系能力)で軍隊蟻の大群とか喚び出して勇次郎を襲わせたら勝てたりするんじゃ? 今やたら「昆虫最強!」っていってるのはその伏線か?(そんな訳は無い)

03-02-2006 (木)

§ nobody like you

 ここ数日、日記を書こう書こうと思いつつエディタを起動しキイボードを前にすると指が止まる、という状態だったのはどうも何を間違ったか「面白い、或いは有意義な記事を書かなきゃいけない」という無意識の観念に縛られていたかららしく。いや一体何処でそんなご大層な観念を仕入れてきたのか僕は。で、立派なお題目に反して大したこと書く能力が無いもので書けなくなってたらしく。莫迦ですか。

 取り敢えず今更ながら「個人ウェブサイトの9割以上は屑であり、此処もその屑のひとつである」という事実を再認識した上で、あくまで僕自身の為に益体も無いことを好き勝手書くことにします。変な上昇志向とかいらないので。敢えて読者に不快感を与えようとも思わないし(*1)結果として面白がってくれればそれはそれで嬉しいことだけれど、「面白いこと書こう」とか「役に立つ記事を書こう」とか、そういうところから離れないと結局何も書けない。いや、まあ書けなくて誰かが困る訳でもないけれど。

 あー、だから僕はてなブックマークとかきらいなんだ。いや、別にアクセス拒否しようとも思わないし、いいんですけどね。つーか、取って付けたように云うけど、『劇場型社会』って鬱陶しいです。

 この程度のことでへこむのは精神的に弱ってるから、だと思うのだけれど。毎日が陰々滅々。バランス悪いなあ。

 え、もう3月2日?

§ ディストレス・ドリーム

 そんな鬱々とした中でグレッグ・イーガン『万物理論』読了。舞台が近未来で、登場人物が皆肉体を持っているという点で『ディアスポラ』より取っ付き易いか、とも思うけれど、『汎性』や『強化男性』のような性の存在し得る世界設定はもしかしたら寧ろ受け容れ難かったりするのだろうか。そして僕が美しいと感じた結末も、同様に許容し難いものだったりするのかも。特に前世紀のSci-Fi信者なんかにはな(最近、それこそ前世紀に書かれた『サイファイ構想』なんてものを見ちゃって多少気分が悪い)。

 でも実はこれすごく古典的な小説というか……「文学的」と云ってもいいかも。皮肉な云い方をすれば『人間的』。「ハードSFは人間が描けない」とかのたまう向きは世紀末にタイムスリップしてサザンクロスシティでモヒカン族に虐殺されるといいです。

 ところで一寸気になったのは、作品中の『転』、つまり性転換したトランスセクシュアルの人たちには生殖能力があるのかどうか、という話。『汎』はそもそも性行為自体に否定的な訳だからそれはあまり問題にならないだろうけど(そして作品世界の技術水準から、恐らく性行為に依らず遺伝子を残す=子孫を作る方法は確立されている蓋然性が高い)、『転』の男女が『普通に』性行為を行って妊娠→出産というのはできるのかなあ、と。いや、あれだけバイオテクが発展してたらそのぐらいはできそうだけど。こんなことを気にしてる時点で『エデン主義』っぽいかな。これもまた『Hワードをめぐる戦い』に繋がりそうな話だ。できれば実際に本文を読んで欲しいし、でなくてもこの『2つのHワード』に関してはウェブ上にもいくつか解説がある筈だけれど、一応こちらでも引用。

「意見を異にしたり、理解できなかったりする人々にむけてあなたが提供できる、もっとも押しつけがましいことはなんですか?」
「さあ。なんですか?」
「その人々を治癒すること。それが最初のHワードです。健康(health)」

――中略――

「それで、もうひとつのHワードはなんなんですか? 大きいほうは?」
「ほんとうにおわかりになりませんか? ではヒントを。論争に勝とうと思ったら、考えうるもっとも知的に怠惰な方法とはなんでしょう?」
「答えをいってほしいんですが。なぞなぞは苦手なので」
「論争相手が“人間性(humanity)”を欠いている、と主張することです。
(中略)
 仮にあなたがわたしを、“人間性を欠く”といって非難したとしましょう。それがじっさいに意味するところとは? いったいなにをしたら、そんなふうにいわれるのか? 平然と人を殺したとき? 子犬を溺死させたとき? 肉を食べたから? ベートーヴェンの第五番に感動しなかったから? それとも単に、人生のあらゆる局面であなたと寸分違わぬ感情をもてない――あるいは、もとうとしない――からですか? あなたの価値観と目標のすべてを共有できないから?
(中略)
 答えは“そのどれでもありうる”。だから、どうしようもなく知的に怠惰だといったのです。だれかの“人間性”に疑念を呈することは、相手を連続殺人鬼の同類あつかいすることです――そうすることで、あなたは相手の考えについてきちんとしたことをなにもいう必要がなくなる。また、それがあたかも広範な世論であり、あなたには怒りに燃える多数派がついていて、とことんあなたを支持しているかのような顔ができる(後略)」

 この『Hワード』に関する議論と『汎性』というモデルの提示という点に於いて、この作品を或る意味『非モテ』の人々におすすめしたい、かも。例えばテッド・チャンの『顔の美醜について――ドキュメンタリー』(『あなたの人生の物語』所収)を『キモメン』におすすめするような感じで。

*1: いや、時々思ってるけど