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04-30-2006 (日)

§ これで後の連休はもうDark Castleだけ

 浅草に行ってきた。

 僕は、特に最近「横浜から出ない」生活をしている。これはつまり「東京(23区内)に行かない」という意味で。首都圏に住み、東京の繁華街がさして遠くないにも関わらず、下手をしたら群馬辺りのダブ族文化系(?)女子(*1)などより都内にいる頻度が低い。昔からそもそも行動範囲は狭いのだけれど(*2)、このところは本当にライヴ以外では東京に行かない。しかも殆ど直行・直帰である。東京(*3)にすら行かないということは、他の場処になど尚更行かない。全部横浜市内で済ます(で、「大体は」済んでしまうので、余計横浜から出なくなる)。そりゃぐしゃ人間のCDも見付からないというものだ。

 という訳で、繰り返すが、浅草である。台東区である(*4)。東京の東側である。基本的に渋谷〜原宿と、時々新宿、池袋ぐらい(*5)しか行かない人間(*6)にとっては完全なる未体験領域である。雷門。浅草寺(かなり最近まで『浅草寺(せんそうじ)』を『あさくさでら』だと思っていた。そんな人は僕だけじゃないと信じる)、花やしき。所は浅草ロック座辺りである(*7)。どうも東京東部は東京の中でもアウェイ感が強いような。昔ながらの街が多いからだろうか。成熟してる感じが駄目なのか。大人が多いからか。いやでも子供は子供で怖いんだが。や、ガキは東京でも横浜でも普通に怖いです。まあほんとに絡んでくるのは変なおっさんとかのが多いけど。
 でもまあ時にはアウェイを見て回る、ということの面白さを満喫できたかも。行動範囲を広げる、というのは、単純に面白いものだ。それに、現実問題として「東京にしか無いもの」というのは、現在の日本では結構多いように思うし(*8)。あんまモノが1箇所に集中してる状態って個人的には厭なんだけど。

 で、具体的に何をしてたかと云うと、花やしきで遊んで老舗で泥鰌鍋をつつき小洒落たバーで薬の味がするリキュールを飲み(これ以前に何処かで飲んだんだけど、何処なのか思い出せない。誰か覚えてます?)その後何故かボウリング。一言で云えば「オフ会」です。全員顔見知りだけど。でもまあオフ。
 結局僕は誰かから「こっちで遊ぶから出てこいよ」と云われないと動かないんだな、と再認識。「待ち」の人生。うわ駄目っぽい。

 それでも誘ってくれる人は有り難いです。常にウェルカムとは云い難いですが(*9)、でも誘ってくれるそのこと自体は嬉しい。可能性が広がる訳だし。
 そして50分遅刻は流石に申し訳なかった。遅刻は原則30分以内に留めたい。次回からは頑張ります(*10)

 今夜のゾンロリは……流石に無理だろうな。っつかここで金使うと電話か電気か瓦斯が止まる蓋然性が非常に高くなるし。これアップしたら最低10時間は寝るだろうし。あ、その前に仕事関連の調べものが……。あああ。今やらないと寝てからじゃ遅いんだろうな……。自分なんでこんな長文日記なんか書いて(以下愚痴が続くので略)。

§ CD射出装置

 レゴで作られたCDを撃ち出す装置。via『サイコドクターぶらり旅

 これ、武器でしょ。自動で次弾(?)装填してるし。eject a CD discって書いてあるけど、"eject"っていうより"shoot"じゃない? CDの代わりにチャクラム状の円盤使えばそこそこの殺傷能力が見込めそうな気がするんだけど。チャクラムの重さによっては射出の力足りなくて使えないかな。あんまり軽くても威力弱まるし。

 でも材料レゴだから分解しちゃえば証拠隠滅も比較的容易だし、持ち運びの際も(円盤以外は)見咎められ難い。威力と命中精度の問題をクリアしたら(*11)いろいろ応用が利くような気が(そんな応用が必要な生活は厭ですね)。

*1: 特定の人物を想定しています
*2: 都内在住の頃もあったけれど、やっぱり家の近所で最大限済まそうとしてた
*3: 要するに、(横浜以外で)最寄りにして最大の繁華街だ
*4: 実は浅草が台東区にあるというのは今日知った。如何に地理に興味を持てないかという証左でもある。本当に関東在住なのか?
*5: 何処も割と23区の西っ側(池袋は違うか?)
*6: それだって知れたもの
*7: ロック座には行かなかったけど
*8: 特に僕の興味の範囲内の事物は
*9: 精神的/身体的/経済的に、常に対応できる状態では有り得ないという意味で
*10: いやほら、目標は現実的なところから、ってことで。ね?
*11: 装填の速さもか

04-29-2006 (土)

§ 画像サイト移転

 ISP変更を考えたりしているので、それと関連したりしなかったりで画像サイトのサーヴァ変更、全部忍者に持ってきました。普通の更新報告と重なった所為で無駄にクリック数増やしてしまった皆様には1クリック分だけ謝ります、ごめん。

 こっちに持ってくると広告が入るので、少しレイアウト見直す必要があるかも。とか思いつつめんどくさいので先延ばし。

 っつか実は忙しいんですよ?
 ってのは嘘だけど、実際暇だけど、時間だけあっても体力が無いといろいろできなくて結果として忙しいのと似たような状態になったりならなかったり。どっちだ(*1)

 99%カカオがかなりお気に入りなんですが、そんなに好きならカカオ豆食べればいいじゃん自分、と少しだけ思った。そしてカフェイン(*2)摂り過ぎるとセルシン(とか同形の安定剤/抗痙攣薬)が効き難くなるそうで。駄目じゃん(*3)。喫煙もやめて酒も控えてカフェインまで? やっぱ不健康なことって健康じゃないとできないんだ。くそう、健康め。

*1: 暇です。でもあんまり動けない
*2: カカオにもカフェインは入ってますよ
*3: ばっちりセルシン飲んでるし、1日3回

04-24-2006 (月)

§ イラスト

 画像サイトひっさびさに更新。

 このところ全然描けなくて、ほんとにどうしようもないと思ってたのだけれど、どうも体調とか出来不出来とかその他描いた後のこととかを考えてると描けないらしく。要するに後先考えず理性飛ばして衝動だけに任せて描くしかないみたい。排泄と根本的には同じだから。でも、不便だ。

 描いてる途中及び仕上がった瞬間は「自分(いい意味で)頭がおかしい」と錯覚したりもするのだけれど、落ち着いて見てみるとまだまだというか、単なるらくがきにしか見えなかったりするのはよくある話で(*1)。でも今回はそこそこの線だと思う。1週間ぐらいしたら評価は変わってるかも知れないけど。

*1: 好ききらいはまた別だけれど。自分大好きだから

04-22-2006 (土)

§ 夜の住人は子供たち

 所謂『セクシュアル・マイノリティ』の人たちの中に見られる健康さやカラフルさ、それは「光への指向性」と云ってもいいような気がして。昼の世界を目指す方向性、現状が『日陰者』であっても、それを是としない気概。
 相変わらず黒い服を着て夜の部屋でやおいだの何だのと呟く僕はきっと彼ら彼女らそしてその他の人ら(*1)の最後の1人が光の当たる場処へ辿り着いた後も陰に潜んで太陽を敵視してるのだろうと思った。

 ゴス(*2)は負け戦しかしない。

 いや、少し違うかも。負けを望む訳じゃない。勝たないだけだ。

 暗闇で遠くからそげキングのように狙い撃つ。普通に戦って勝つのは他の「まともな」キャラに任せる。

 ……なんか結局『非モテ』みたい。やだなあ。

§ ヨーロピアンスタイルスピーディベイベェ

 漢字(というか表意文字、象徴としての文字)が大好きなので、アルファベット文化圏の言語を「言語として面白みに欠ける」とか、さして深くも知らない癖に軽く見下したりしていたのだけれど、さっき一寸気付いたことが。

 漢字を使う言語って自動書記(自動記述)(*3)には向いてない。意識的に「考えずに」ひたすら書き続けるには使う文字数は少ない方がいい。30文字足らずで全ての語彙を網羅できるシステムというのも、それはそれで長所があるということだ。

 別に今更シュルレアリスムでもないとは思うのだけど、今まで自動書記めいた試みをしては失敗してきた原因が判ったので備忘録として。

 その代わりに誤変換や同音異義語の楽しみがあるので、そっちを追求する……と、清涼院流水氏みたいになっちゃうんだろうか(*4)

*1: こういう表現をちゃんとできてなかったというのは、感覚的なところでの認識のヌルさだと思う
*2: いや、他の人は知らないけど
*3: 降霊術とかではない方。シュルレアリスムの技法
*4: あんまり知らないけど

04-20-2006 (木)

§ コメント欄について

 前から「昔のコメント消えるのはなんでだろう」とか思いつつそのままにしてたんですが(*1)HaloScanの仕様で「4箇月以上前のコメントは別アーカイヴに移動して、無料版では見られなくなる」ということらしいです。つまりは完全に消えてる訳じゃなくて、有料版にすれば過去のコメントも見られるようにはなるってことみたいですが。

 でも、しません

 だってめんどくさいし(*2)。それにそもそも「全部無料でやる」というのが此処の基本路線の1つでもあるので。

 で、一瞬だけ『忍者ブログ』に移行しようかなあ、なんてことも考えたんですが、やっぱりやめ。URI変わるのも厭だし、データ移行も面倒だし、それにやっぱりブログきらいだし(*3)。コメントとトラックバック付けてるから(申し訳程度にRSS配信もあるし)此処も一見ブログっぽく見えそうですけど、昔ながらのウェブ日記ですよ今は。ローカルで書いてnDiaryでHTML書式に整形してFTPソフトでアップロード。

 取り敢えず大事なコメントは(もしあれば)御自分でログ取っておくことをおすすめ。まあそんな重大なコメントも無さそうですけどね今のところ。

§ 身体言語依存、若しくはオールドタイプ的悩み

 少し前にmixiが鬱陶しくなって、ああもう気持ち悪い馴れ合ってんじゃねえよぺっぺっぺとか思ってたのだけれど、ごく最近理由が判った気がした、という話。

 僕は割と何処でも、オンラインでもオフラインでも『空気を読む』ということをしない。そもそも自分以外のあらゆる事象にあんまり興味が無い自分大好きっ子なので(*4)、いろいろ他人の意識を察したり気を利かせたりといった能力は甚だ低いのだ。

 それでもオフラインではどうにか誤摩化せている(*5)のは、懸命に努力をした結果、とかでは全然なくて、外見やら物腰やら仕草、声色から喋り方その他を(ほぼ無意識に)駆使して『あんまり空気を読まなくてもいい位置』を確保しているからなのだ、きっと。まあそれはそれで『空気』の中で暮らす為に頑張っちゃってる部分ではあるのだけれど、とにかく「この人は『そういう人』だから」と思わせてキャラを確立してしまえばこっちのもの。後は他人の話なんて聞いてなくても、腰を低くして適当にケラケラ笑ってれば大体何とかなる。それに他の人だって僕の話なんかさして聞いちゃいないのだし。

 そう、オフラインでのお喋りなら、内容は要らないし(*6)、ログも残らない。取り敢えずその場、その時間を過ごすことが最重要課題なので、頭もあんまり使わない。使うのは殆ど条件反射と化している『遣り過ごすノウハウ』。

 さて、あまり露悪趣味ばかり長々しく書くのもこの辺にして。

 mixiが鬱陶しいのは、オフラインの人間関係をオンラインにそのまま持ち込んでいることだ、と云ったら、あまりに陳腐だと思われるだろうか。まあそんなものは今時mixiに限った話でもないし。

 けれど、これは僕にとってはかなり重大な問題なのである。上でぐだぐだと無駄な韜晦を交えて語った通り、僕がどうにか適当にやってこられているのはオフラインならではの非言語コミュニケーションの技術あってのものなのだから。この日記のように最初から敷居を上げて或る意味読者限定(*7)でやっているならともかく、「『普通』(*8)の人と」「『言葉(文字)』だけで」「仲良く」というのはどうにも僕には難しいらしい。

 そんなこんなで今まで「自分古株インターネッターだから最近の初心者とか携帯厨とかはきついっスよ」みたいなことを云ってた(*9)のがまるっきり的外れだったということが判明。オフラインでの(歪んだ)適応能力を今のインターネットでは使えないが故の苛立ちやら軋轢だったのね、と。

 で、最後の最後でまた卓袱台を引っくり返すようだけれど、単に抗鬱剤切れてる所為で一時的にクサクサしてるだけの可能性もあります。ああもう早くいろいろ検査終わらせて薬の調整に入ってくれないかなあ。

*1: いい加減極まりない、というかやる気無い
*2: それに金銭のやりとりがあるとそこで個人情報出さなきゃいけないし。そこまで警戒はしてないけど、気分的にいまいち
*3: 前はブログ使ってた時期もありましたけど
*4: 適当なBGMでもあれば、後は内省だけで1日潰せるぐらいの自意識過剰ぶりだ。反吐が出る
*5: 本当に?錯覚じゃなくて?
*6: 相手にもよるけど。内容の無いお喋りができない不器用な人には好感を覚えたりもする
*7: 実際、別に限定してはいないのだけど、結果として読者を選ぶ書き方になっているのかな、とは思う。自分では自分の文章好きなんだけど(自分大好きだから)
*8: 敢えて鍵括弧で括ってみた。適当に察したりスルーしたりして欲しい
*9: いや云ってないけど

04-17-2006 (月)

§ メンテナンス

 接続頁と、最新日記の頁を少しだけ手入れ。これだけでも今は力尽きそう。尽きないけど。

 頭が痛い頭が痛い頭が頭が頭頭頭頭が悪くてもうどうしていいか判りません。何でも思い出さない。

 ピアス穴膿んでるし。

§ 炎多留の破瓜

 すぐ死んじゃうのは蛍だけじゃないよね、と声をかけた時にはもうただの肉塊。

04-16-2006 (日)

§ 昨日の自分は他人事

 病人なのはしょうがないけどさ、それを云い訳にするのは見苦しい。

 芸が無いのが問題、だとは思いたくないところもあったり。「芸で乗り切る」とか、「上手いこと云う」とか、少なくとも此処で、それを戦略的に用いようとは思わない。というより、此処を「戦略的に」書く場処にはしたくない、のか。

 だってそんなのオフラインだけで充分じゃない?(そっちで上手くやれてるかはさておき)

 チラ裏? そうかもね。でも、ヴァーチャル権力ゲーム(世界はそれをコミュニケーションと呼んだりするのかしら?)よりは多少マシかな、と思うんだけど(*1)

*1: この1文で結局自分もゲームに取り込まれちゃってるんですが。ああやだやだ。ぺっ

04-15-2006 (土)

§ ネガティヴ常連

 きらいなサイトというか、ブログが、ある。別に主張が自分と相容れないとか、そういうことでもなくて、ただ何となく鼻につくという感じで、単にきらいな。嫌悪感のツボというか。

 それを敢えてブックマークに入れていて、たまに読んでは「ああ、やっぱり気持ち悪い」と思う。もっと云うと「きらいだ/気持ち悪い」と思う為に態々読みに行く。苛立つ為に読んで、目論見通り苛立つ。そういう自分が一番気持ち悪いとも思うけれど、それでもやめられない。

 そんな風に、アクセスとしては『常連』なのだけれど、実はネガティヴアクセスというのは珍しいものなのだろうか。他の人はこんな暇なことはしないのだろうか。いや、ネトヲチ板なんてのがあるんだし、或る程度多くの人に共有される感情のような気もするんだけど。

 でもやっぱりそういうことしてると心が荒むのであんまりおすすめはできない。自分でもやめたい。

 あと、此処を見てる人でもそういう人がいたりするのかな、とかも気になるが、知らぬが花か。

§ 素敵ねと微笑む君が震えてる

 道端で立ち止まり涙ぐみながら空嘔吐きを堪えたりする日々なので、多少変なこと書いてても気にしないで下さいお願いだからほんともう勘弁して下さいよ。

 やっぱダイエットして体力落ちたのかも。体脂肪率一桁で暮らすのは無理があったのかも。ああでも顔の周りは……顔は痩せていたいのに。あと腹周りもな。
 健康を保って痩せるって難しいですね。いや僕の場合体型に関わらず健康は保ててないんだけど。健康以外のものは大体それなりに持ってるんだけどなー(とかまた云わなくてもいいようなことを)。

§ 薔薇色の静脈模様

 それでも今は役立たずの涙を一粒ぐらい流しておきます。

04-13-2006 (木)

§ まじですか

 ピエロ解散て。

 それに関していろいろ心配だったりすることはあるのだけれど、取り敢えず僕がどうこう云ってどうなるもんでもないので、ただ此処で呟くに留めておきます。
 心配だけど。

 それにしても本当に僕はいつも「遅れる」のだな。

§ 負けると知っててゴシックネス

 高原英理『ゴシックハート』取り敢えず読了。題名通りゴシックな心、もしくはゴシックの心臓部分に関する記述。遅きに失したと嘆くか、それとも今読めた僥倖を喜ぶべきか。ひとまず容貌と権力への意識、そして身体改造とサイボーグへの指向の辺りは非常に面白く読めた。これは髪を染めたり自分で耳に穴を開けたりしている今だからこそ、それこそ「ハートで感じられる」のかも。特に岡崎京子『ヘルタースケルター』に触れた部分は出色(*1)。以下一寸引用。

 人外となってでも、りりこ(*2)は美しくあることの傲慢を得ようとしたのだ。他者に自己の価値を認めさせるためなら苦痛にも耐える。その苦痛を埋めるように、他者を憎み苛みじたばたと無用な混乱(=ヘルター・スケルター)を引き起こす
 だがそれをただ愚かなだけとは思えない。むしろ自他を損ない汚れながらも高慢であり続けようとする意思がゴシックハートに痛々しく共感されるのだ。

 基本的には「ゴシック的な」ものを或る程度網羅してそこから『ゴシック』そのものに漸近していく書き方なのだが、選択の手付きは「解っている」感じで(*3)、全体に温度低め(を目指している)っぽい語り口もなかなか素敵。ゴス者及びゴスに興味のある向きは一読の価値ありかと。

§ おまけ

 他にもいろいろ本や漫画積み中。FSS12巻とかマリみてとか伊賀忍法帖とか。そういえばファティマと騎士ってなんか薔薇乙女と契約者みたい、とかふと思ったけど順番が逆か。

*1: だからこそタイトル間違いは慚愧。『ヘルター・スケルター』じゃないっての。『・』いらないから
*2: 『ヘルタースケルター』の主人公。全身整形によってトップモデルの座を手に入れたが、その美貌を保つ為には定期的なメンテナンスが必要で、副作用にも苦しむ
*3: 音楽方面がやや弱い感は否めないけれども

04-12-2006 (水)

§ GOGOシック

 精神障碍者の作業所で「浮いている」自分を意識して、もしかして自分は『まとも』な側なのかな、と錯覚したりもするのだけれど、時折『正常側』の知人友人等と会うと結局そっちの中でも浮いてるのでやっぱり何処かおかしいらしい。そりゃおかしくない人間はセルフ転蓮華を夢見たりはしないか。
 結局のところ『ホンモノ』の中に入ってみたところで寧ろ所謂ロマンティックな狂気なんてものは遠ざかるばかり、髪を染め、軋む身体を黒い服に詰め込んで高さ10cmの靴底で辛うじて地面に足を着けている僕のような『解り易いブッ壊れ』とは善くも悪くも違うレヴェルの障碍やズレを抱えている人ばかり。もとよりこんな比較に意味なんてあろう筈も無いのだけれど。

 天に向かって「あんたにはがっかりだよ」と云ってやりたい。

 過剰を必要としてる。過剰じゃなきゃ足りない。じゃなきゃいっそ全部消去して下さい。カモン首斬り役人。銀の皿に載せてクール宅配便でよろしく。

 とかね。
 死ぬの怖くて断煙した奴が何を云ってるのか。けっ。

 それでもいつか不意に来るかも知れない首斬り役人を待ちながら今日も生存。

§ 今更だけど一寸だけ触れておく

 ビブロス倒産。衝撃的というほどではなくとも、多少気持ちに揺れが。10代の頃はお世話になりました。
 ……当時の☆矢アンソロとか何処にやったんだろう。割と無防備に家族の目に付くところに置いてたような気がして少し怖い。因みに好みは一輝×瞬でした。昔も今もオフィシャル準拠(ミロ×カミュでエロエロとかも持ってた気がするけど)。

04-07-2006 (金)

§ オタクってのはそもそも教養主義的なのだった

 承前

 えっと、題名で全部云い尽くした感もあり。
 そもそも『おたく族』というものの成り立ちというのは「或る種の知識に精通している者同士が集まって内輪ネタ的な空気と独自のジャーゴンで興じる」ようなものだった(と思うんだけど、違ったら指摘して下さい)訳で、それこそ「ジョジョの全台詞を暗記してない奴と交わす言葉は無い」ってのは『おたく族』としてはすごく正しい態度なのか、とさっき気付いた。

 ただ、時代が下って『おたく族』が『オタク』や『ヲタ』になってくにつれてそういう「教養主義的側面」というのは少なくなってきてるような。どうだろう。最近の『萌えヲタ』と話が通じないな、と思うことは結構しばしばあるのだけれど、なんつーか、内省が足りない感じなのかな?
 とはいえ昔のオタクが良かったかっつーと(本当に初期の『おたく族』とはなかなか直接対話する機会も無いので知らないけど)、それはそれで鬱陶しかった記憶しか無かったりする(*1)。単なる物知らずのバカはまだ可愛げがあるけど、知識ひけらかして悦に入ったり、隠語だけで繋がった気になってるようなバカはほんとに救いが無い。

 ……って自分じゃん。いや、ひけらかすほどの知識も無いか。

 ま、とにかく内輪で閉じてる感じの言葉って気持ち悪いですよね、という話でした。
 ただ、どうしたって『通じない』人とか、そもそも解ろうともしない人ってのもいて、そういう人に対して説明を試みるのがどれだけ疲れるかと想像すると、一概に「敷居を上げる」ことを批判はできないのだけれども。

 それに此処の文章自体がかなり敷居上げまくりな気もしないでもなくもなかったりもせず。常に閉塞モードでヂレンマのヤマアラシ状態、取り敢えず無駄に針逆立てて。全ての読者に対し平等に読みづらい文章を目指してます(目指すな)。

*1: 高校生だった頃とその前後かな、『その辺』の人と付き合いあったのは

04-06-2006 (木)

§ 上がらない

 やおい話補足の補足、というか、他人に指摘されてやっと気付く。

 はいもう1回掌引っくり返しますよ。「現実と妄想の両立」はありですね。ありだよ。っつか実際あるし。それこそ『現実』から目を背けて下手の考えを捏ね回してる場合じゃなかった、という話。

 という訳で烏蛇氏に指摘されてしまいました二次元萌えと三次元恋愛は基本的に「別物」なので、『三次元』で上手くやれるようになったから『二次元』を「卒業する」という認識は間違っている、と(*1)。その通りだと思います。僕が間違ってた。視野狭窄に陥ってたんだと思う。

 以下、最後の段落のみ引用。でもできれば原文通読して欲しいです。

知らない人からやおいが「三次元で充実できるようになると、いらなくなる」ものと思われがちなのは、やはり三次元の恋愛が他の性的承認に勝る価値があるという「性のヒエラルキー」意識のためでしょう。しかし、三次元の恋愛も数ある人間関係のパターンの一つでしかなく、それが至高の性愛の形式なわけではありません。「やおい」に合う人と合わない人が居るのと同じように、「恋愛」という形式にも合う人と合わない人がおり、その程度も人により様々なんです。

 特に『性のヒエラルキー』という話は耳が痛い。件の記事を書いたときは寧ろそれを否定しようとしていた筈なのに、いつの間にかすっかりそれに取り込まれていたという罠。『恋愛イデオロギー』を内面化しちゃった『非モテ』の構図みたい。みっともないこと山の如し。

 や、どうも近年自分の『男性化』を感じてるのだけれど、或る意味今回の件もそれと関わりがあるかも。セクシュアル・アイデンティティと肉体的性別の乖離を以前ほど感じなくなってて、「性に適応した」その分、そういった問題に対して鈍感になってるのかも(*2)

 と、これだけだと反省文みたいなので、多少はおまけも。
 やおいやBLに較べると百合がジャンルとして遅れてる(商業的にもジャンルとして確立されてない)というのは或る程度共通認識としていいんじゃないかと勝手に設定して話を進めますが、これは現在に於いては必ずしもジェンダーとかそういう話には収束しないように思えてきた。実際『腐男子』というのも存在する訳だし。男女問わず「敢えてやおい」という人もいるんじゃないかと。

 というのは、幾つか理由があって。
 まず、割と身も蓋も無い話なのだけれど、身体のラインの問題だったりしないかなあ、と。例えばこのところよく引き合いに出しているグレッグ・イーガンの『万物理論』に於ける『汎性』はセクシュアル・アイデンティティ否定の最も過激な形での表れであろうと思うのだが、完全な汎性は性器を持たないだけでなく、乳首さえ無い。この身体のラインは恐らく漫画的(特に少女漫画的)にディフォルメされた男性の姿に近いのではないか。逆に云えば、女性のラインというのはどんなにディフォルメしても、乳房のシルエットだけで「余分な」性的ニュアンスを含み過ぎてしまうのかも知れないな、と。

 もう1つは更に身も蓋も無く、そして一見すると上の理由と矛盾しているように見えるかも知れない(ついでに云うと僕個人はこの理由を非常に気に入らないと思っている)が、「あくまでも『ヘテロセクシュアルの』アナロジー(*3)(ファンタジー?)なので、『挿入』があった方がいい」というイデオロギーだ。確かに挿入は(*4)百合では不可能だろう。『ふたなり』とかならできるかも知れないが、それを『百合』と呼べるかどうか(僕は呼びたくないなー)。

 まあやおい/BLにせよ百合にせよ、かなり大雑把な分類だし(というか定義自体が曖昧模糊としている、と云うべきか)、その中身は濃いのから薄いのまで様々な訳で、「女にはやおい、男には百合」って図式にはもしかしたらならないのかなー、などとふと思ってみた。

 とグダグダ考えてみたところで結局「人の数だけ萌えはある」とか無難な〆に。ほんと如何に構成とか考えずに書いてるかが窺えますね。

§ 自衛用メモ

 何かにつけて「ソースよこせ」とうるさい人にはこの記事へのリンクを示すといいかも。「俺はお前の人力検索はてなじゃない」って一言でもいいんだけど。

 ただ、いずれにせよソースの重要性を否定してる訳じゃないのは覚えておきましょう自分。

*1: 個人的に『二次元』『三次元』という分け方はあまり適切でないと思うのだけれど、もっと的確かつキャッチーな言葉は無いものだろうか
*2: とまた脇の甘いことを書いてみる
*3: 「確かにアナルだしな」とか思った人は後で体育館裏に来て下さい。話があります
*4: 器具等を使わずには

04-04-2006 (火)

§ (オタク的)教養主義

 メモ。

 漫画やアニメもそれなりにそれ自体の歴史というか、過去の遺産が固まってきた感があり、その上で現在の作品が成り立ってる、というような状況もあり。まあ要するに「これは当然押さえておくべき」とか「知っているのが前提」みたいなハナシも出てきたりしがちなのだけれど。特に批評とかレヴュー界隈で。

 ただそれってどうなのかなー、と思わなくもない。
 極端な例を捏造してみると「手塚治虫の全作品を読破してない奴と漫画の話はできん」とか「まずはファーストガンダムを観ろ。話はそれからだ」みたいなのってどうよ? と。「ジョジョの全台詞を暗記してない奴と交わす言葉は無い」とかそういうのってやだなー、と。

 反面、過去の名作が流通し難くて、実際はパクリまくりなのにそれをオリジナルと思い込んで読んじゃう読者の存在というのもあり。傍で見てりゃ居たたまれないし、自分がそうだったりするともっとがっかりする(個人的にパクリ自体には寛容になってきたのだけれど、『勘違いの痛さ』はまた別問題なので)。

 自分が上の世代と話す時はそんなに気にならないのだけれど(だって向こうの方が過去の知識は多いのが前提だから、自分は或る意味「無自覚に」語ってればいい)、ただ下の世代との遣り取りに於いて、何処ら辺が落としどころなのかな、とか、「下の世代が更に下の世代と」とかどんどん下ってくとそういうのどうなってくのかな、とか、そもそも一般論としてどうなのよ、と、一寸気になってみた。

 ところでここからおまけだけれど、『ジョジョ』とか『BASTARD!!』なんかがリアルタイム(もしくはそれ以降)だと、「元ネタを考えながら読む」とか、そういう読み方をするようにならないかな? オタク的文化クロスオーヴァ。で、「6部までに登場した全てのスタンド名の元ネタが判らないような奴と交わす言葉は無い」とか云い出す(*1)

§ セルフ転蓮華

 今ならできるんじゃないかと思うことが、時々ある。物理的に困難極まりない自殺方法。
 実際それを行い得たとして、その時の身体の状態と少なくとも同程度に思考は絡まって抜けられない。

 っつかまたバキですか。

§ 三日月と金星

 今日は漫画絡みの話ばかり。

 鳩山郁子氏の『シューメイカー』があまりに素晴らしいので少し持ち直した気がする。いいのかそんなんで。

 舞台設定を1980年代の英国(と思われる)にし、『纏足靴』に『lotus shoe』という英語を当てた時点でもう半分は成功だ。そしてもう半分は……とても此処で言葉にはできないな。

 現在、同氏の『カストラチュラ』が読みたくて仕方ない(*2)

*1: いや、僕はわかんないです。行って7割ぐらい
*2: 『シューメイカー』は『カストラチュラ』の外伝的意味合いを持つ作品らしいので

04-02-2006 (日)

§ 『オトナ/コドモ』ではなくて

 昨日の記事は(コメント欄も含め)失敗したと思っている。『大人/子供』という対立軸はどうも違う、というか、違わないんだけど、広義に解釈されちゃうとやっぱり違う気がする。杜撰な記事でトラックバックを送った先のまりねこ氏には混乱を招いて申し訳ないです。

 もう少し『自分定義の言葉』じゃなくて、ちゃんと伝わるように言葉を選ぶよう試みると……うーん、結局僕が愛しているのは『不適応者』という感じなのだろうか。なんか上手く人生を泳げないというか。少なくとも僕の世代に於いて『やおい(JUNEから続く系譜としての)』というのはその『軋轢の表出』として機能していたと思うし、僕はそう読んでたのだけれど(*1)
 そういう、或る種の『切実さ』のようなものが一番重要な訳で、実際に男同士のポルノに耽溺してるかどうかというのは実はそんなに重要じゃない。例えばバンギャでもゴスロリでも『非モテ』でもその『切実さ』を感じられるものなら構わない。その辺をコメント欄のいづみ女史への返信で引っくり返しちゃった感があるので此処で訂正したい。やっぱね、「現実と妄想を両立」とか云ってちゃ駄目です。そんな余裕ある奴は放っといてもシアワセになれるだろうし、興味無いや、ごめん。

 僕が興味を持つのは、現実に馴染めなくて常に息苦しくて逃げ場も無くて、つか何から逃げたいって自分自身から一番逃げたいんだけど目を逸らすことも上手くできないもんだから結局自己内にガンガン沈んでって(*2)鏡地獄で一縷の救い(だか逃避先だか)を求めた先がやおいなりV系バンドなりゴスロリファッションなり『非モテ』言説なりだったりするんじゃないかなー、というような人たち(*3)なのかも。

 で。

 今、そういう人たちのことを『女子供』よりはもう少し適切に表す言葉があることに気付いちゃいましたよ。

 『メンヘル』(うっわ最悪)。

§ 「で、お前は?」

「そうやって観察者ぶってる自分はどうなのよ」という声が聞こえるような気もしつつ。

 それに対しては「何を今更」とでも返しましょうか。此処見て適当に判断して下さいな。

*1: これは例えばまりねこ氏に薦められた少女漫画にも云えることだと思う。『トーマの心臓』とか、少年愛だけど、あの概念としての『少年』というのは『純化への衝動』とかそんな感じで、『現実』との乖離/軋轢を体現してるんじゃないかなー、なんて
*2: ここで上手く自分から目を逸らせる人は精々ただの『痛い人』で終わる気がするので興味が失せる
*3: 勿論『痛い人』とは紙一重というか、実際はただの痛い人のが多そうだけど。どの分野も

04-01-2006 (土)

§ for all quiche eaters

 前回のエチケットペーパーとは殆ど無関係に別の話を(*1)

 少し前にまりねこ氏のこちらの記事のコメント欄でやおいについて多少語ったりした、そのまとめと補足のようなもの。一応区切りを付ける、という意味もあり。
 取り敢えず僕のコメントから脱線、混乱した部分を除いて要約すると「やおいはヘテロ女子のファンタジーであり、それ故にカップルは『非・女性』である必要があった。その結果『男性同士』のカップルという様式が確立された為、ゲイと似たものに見えてしまうことがあるが、実際のゲイとは一切無関係である」ということ、また「やおいを楽しむ視点は『半メタ(*2)』であり、読者はカップルを俯瞰で眺めつつ、状況に応じてどちらにも『適度な』感情移入を行うことができる」といったところ。で、此処までは我々(まりねこ氏と僕)の間で『やおい(或いは801)』という概念の共有ができたのではないかと思っている。

 じゃあそれで終わりでいいじゃん、とも思ったのだけれど。この部分だけ。
 以下はまりねこ氏の最後のコメントから抜粋したもの。

まー、ある程度、生身の恋愛関係が上手くいき始めると、801なんかどうでもよくならないかな?電波男以降、ワラワラとカミングアウトしてきた二次元萌えの男たちと同じように、三次元で充実できるようになると、いらなくなるような気がするのね。

 いや、多分ほぼ正解だと思う。実際に調べた訳ではないけれど、大半の腐女子は或る程度のところで『卒業』するものなのかな、とも思う。
 じゃあ結局僕は何に拘っているのか?

 基本的に認識は共有されている(筈だ)。違うのは、たぶん、立場。というか、立ち位置……重心の置き処というようなもの。まりねこ氏は『大人』の側にいる「三次元で充実できるようにな」って、やおいは「いらなくな」って、『卒業』したのではないだろうか(*3)。僕はそうじゃない。僕は『卒業』していない、その違いのような気がする。

 今更でもあるし、殊更に宣言するのも憚られると思っていたけれど、今此処で勢いに乗せて云ってしまおう。僕は全ての『女子供(*4)』を愛している。僕自身が究極的に彼女ら/彼らの仲間になることができないこと(この瞬間も、僕は『大人』に近付きつつある)、そして恐らく彼女ら/彼らが僕を愛さないことを知りつつ、更に云うなら僕の『支持』が彼女ら/彼らに対してどうしようもなく無益であろうとさえ思いつつ、それでも僕は今、『女子供』の側に立つ。理由? 「他人事と思えないから」で充分じゃない? 僕も結局そこそこ世界に絶望してて、上手く立ち回れない子供だから。

 ただね。

 こちらの記事には頷ける部分も多し。「エロはおまけでいいんだよ!」と強調付きで叫びたい。ただ、これはやおいに限った話でもないのでどうにもこうにも(*5)。僕から見れば男×女のあっけらかんポルノも興醒めだと思うので。

§ おまけ

 一寸まりねこ氏絡みでおまけ。
 氏が百合も無理、リアル女性の身体にも興味が無いとコメント欄で仰っていたのが僕にはとても印象的、というか、正直驚いたので。

 いや、以前書いたけど、普通は男女問わず「女の子の方がいい」もんだとばっかり思ってたから。

 僕の周りが偏ってるのか? その辺は一寸気になってたり。

§ そういえば

 嘘はついてませんねえ。因みに2chだと今日は3月32日らしいですよ。

*1: でもまああれは僕の書くもの全てに適用されると思って頂ければ、とも思うけれど
*2: 僕がその場で適当に作った造語である、が、僕の手になる造語の常として、きっと流行らないだろう
*3: これはあくまでもコメントから僕が勝手に推測した部分である。為念
*4: 此処では、この単語は単純に『女性』及び『若年者』を意味しない。『大人』という概念に対するアンチ、とでも思って欲しい
*5: や、最近の少女漫画なんかはもうすごいらしいですよ?