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05-31-2006 (水)

§ はじめて物語

 まず、今まで誰も行ったことの無い或る行為aを仮定する。aの内容は問わない。

 人類で初めて行為aを行った人物をA(1)とする。A(1)に対して『初めて』という理由での毀誉褒貶が行われるのはまあよくある話で。こういうのは割と御理解が得易いんじゃないかと思ったりもするのだけれど。

 では、A(1)の次に行為aを行った人物(A(1)自身かも知れないが)をA(2)とすると、こちらはあまり省みられないように思われる。『初めて』ではないからだ。

 だが、ここで或る行為bを仮定する。bの定義は「今までに誰かが1度だけやったことがある行為」とする。
 すると、A(2)の定義は「人類で初めて行為bを行った人物」となり、「『初めて』じゃないからつまらない/価値が無い/いらない」といった批判はあら不思議、全て無効に!
 同様に或る行為aをn回目に行った人物に対しても、この定義の応用で謂わば『初めて性』を付与することが可能である。

 まあ要するに、パクリ上等、オリジナリティなんて犬が喰え、という話。

 いや、『単なるパクリ』はつまらないと思うし、それに騙されたりすると腹立たしいのだけれど、「パクリだから」って理由だけで叩くのは、僕は飽きたなー、と。『だっさいオリジナル』を洗練して『格好良いパクリ』にできるなら、それはそれで才能だし、評価されて然るべきかな、と思ったりもするので。
 あ、そのぐらいの才能があればパクっても叩かれないのか? いやそうとも限らないよな。うーん。
 いずれにせよ『劣化コピー』は叩いていいと思う。『コピー』だからじゃなくて、『劣化』してるから、という理由で。

§ Oの葬列

 「オタクは死んだ」らしいですね。なんだかかまびすしく議論が為されているところもあったりするようで。取り敢えず騒がれている岡田斗司夫氏の発言について、僕が見た限り(*1)最も信頼できそうなソースはこちら。他のサイトへのリンクも充実していて良い。

 で。
 実は僕自身は「『オタク』が死ぬ/既に死んでいる」ということに関しては割とどうでもよくて。僕自身は一応『第2世代オタク』ぐらいにギリギリ入る感じなのだけれど(*2)、周りのオタクを『仲間』だと思ったことなんて無かったし。集団やら文化に自分のアイデンティティ託してどうするよ、というのは折に触れ云ってきたことではあるんだけれど、団結が消えたこと(或いは消える、という予想)に対しては肯定的にしか捉えようが無い。

 じゃあ何が気になるのか、といえば。
 もしかして『僕ら(*3)』は初めて『イデオロギーの死』にリアルタイムで立ち会っているのか、という、そのこと。
 だって、僕が物心付いた頃には神もロックもパンクも社会主義も(文学も?)みんな既に死んでた。勿論それら全部は存在していたけれど、「1度殺された」という事実は拭い難く、そこにあるのは墓から這い出した死人と再殺部隊のルーティンワークのような殺戮風景ばかり。

 という訳で、若い世代には初めての、御年配には久々の、新鮮な『イデオロギーの死』が今起きてるのかしら、と乙女番長ばりに胸をときめかせて一寸注目してみようかと。たぶん岡田氏の言葉が『とどめの一撃』だったんじゃないかなー、とは思いつつも(そしたらもう僕は乗り遅れ。またか)。

 いずれにせよ、死んだ瞬間に墓から這い出して来そうな勢いなんでその先は別にどうでもいいやー。そもそもイデオロギーなんてのは1度ぐらい死んでなんぼだと思ってるし。そこでアンデッドになれないようなら殺されなくとも早晩終わる運命かと。

 そんな訳で「オタク・イズ・アンデッド」とか云ってみる。
 あー、でも最初の新鮮な『アンデッド』が『オタク』かあ。……いや、まあいいけどね。

§ 色校正地獄

 イラストを印刷用にRGBからCMYKに直すと、愕然とするぐらい色調が狂う。ので、いろいろカラープロファイルの調整など。
 まあひとまず今回はどうにかなりそうだけど……これちゃんとやろうとしたらものすごい手間だわ。下手したらモニタのキャリブレーションからやり直し?(*4) ああでもいつかデータ入稿でイラスト集とか作ろうと思ってたのに。ずっとRGBの世界だけにいたから自分の勉強不足にがっかり。

*1: あんまり見てないけど
*2: どうなのかな、第3世代よりは一寸上、という微妙な世代
*3: 敢えてこういうキモチワルイ言葉使いますよ
*4: さすがにそこまではしなくて平気……だと思うけど

05-28-2006 (日)

§ 瓦斯も電気で動く

 修理屋さんに来て貰って給湯器は一応直った。が、どうも器具自体の寿命が来ているらしく(*1)、今回の修理は謂わば応急処置といったところ。屋外なので風雨の影響を受け易いということと「次同じようなことになったらもう駄目でしょうね」という言葉もあり、大家(*2)と相談した結果交換してもらうことに。ただ、結局そうすると僕が工事に立ち会わなくてはいけないので、休日が潰れたりする、と。ああもう今から憂鬱だけれど夏に向かってシャワー無し生活をすることを考えたら背に腹は代えられぬ。結局金出すのは僕じゃないし。というか出せと云われても出せないんだけど。

 でもまあ一応検索して値段やら機能やら調べてみてはいるところ。

§ 食べた。

 昼に鰻、夜には肉を。ともだちと、車で出掛けて。日頃の小食を取り返すようによく食べたと思う。
 体力を付けたいです。

§ チラ裏

 此処はあくまでも『ウェブ日記』であって、所謂『ブログ』ですら無い、という認識でやっていて、それはつまり『ネタの面白さ』も『ニュースヴァリュー』も、『何らかのテーマに沿った主張』も追求するつもりは無い、ということ。
 以前にコメント欄で云ったけれど(*3)、「トゥルーマン・ショウでいいじゃん」って。実際は『トゥルーマン・ショウ』ですらないんだけれど。限りなく冗長なリアルタイム私小説、という感じ。

 その代わり、筆が滑っても「これは『ネタ』なんだから『ベタ』に受け取るな。空気読め」とかは云わない(……たぶん)。「つまんないなら読まなくていいよ」とは云うけど。

 目に映るものは全てベタ、語る言葉は全てネタ。でも自分以外の全ての人(*4)から見たら『こっち側』のネタになっちゃう言葉は『目に映るベタ』な訳で。
 それに「これネタだから!」って宣言するのって、そもそも「ネタとして」どうなの? とか思うし。

*1: 設置後17年ぐらいらしい
*2: 実は親なのだけど
*3: もう消えてるかも
*4: 時間的に離れたところにいる自分自身も含む

05-25-2006 (木)

§ 妄想煩悩インターネット

 全部の針先にキャップを付けたヤマアラシの群れがくっついたり離れたり、ぶつかってみたり。
 でも針先にはキャップが付いてるので一応安心。

§ 母茶

 5月は母の日、だけでなく、僕の母の誕生日もある。
 で、特段何をするつもりも無かったのだけれど、というか忘れていたのだけれど、最近実家では茶道具などを揃えて略式ながらも茶を点てられる環境が整いつつあるので(*1)、せめてもということで先日実家を訪れた際に茶を一服点ててきた。部屋全体が片付いていなかったり、畳に対して道具組みや亭主の位置が変だったり、亭主の髪が橙色で耳にピアスがじゃらじゃらしていたり(*2)、何より作法を忘れかけていたりするのだが、客も亭主も気にしないのでいいことにする。

 何というか、意外なところで役立つ大学生活という感じ(茶道部所属だったのは大学時代)。
 かなり作法や動きを忘れているので、ちゃんと習い直したいと思うことも時たまあるけれど、現状では体調的にも経済的にも無理。取り敢えず『お遊び』のお茶で我慢して頂くことに。

 でも考えてみたら場処も道具もお菓子も使ってるお茶さえ、母の所有であった。やっぱり今年も何もプレゼントしてないや。

§ Die, Suck, I

 先日検査に来たばかりなのに、シャワーを浴びようと思ったら瓦斯給湯器の電源が入らなくなっていた。

 ああもう、金無いのに。っつか知らない人が家に来るだけでストレスなのに(子供だから)。ああもうがっかり。取り敢えず明日は早めに帰って瓦斯の人待ち。最近電気とか電話とか、こういう生活基盤で問題が多いな。……あ、水道料金払ったっけ?

*1: 因みに拙いながらも茶道の心得があるのは家族の中では僕だけなので、環境が整ってもそう頻繁には使われないような気がする
*2: 指輪は外す。陶器等、壊れ易かったり傷付き易い道具を扱うので

05-24-2006 (水)

§ 倒れる季節

 やっぱ休日に予定入れると高確率で次の日駄目になりますね。掃除しようと試みて結果夜更かしだけで終わったのがよくなかったのか。

 ……っつーか通院しなきゃいけなかったのに。明日出られないと完全に薬切れで危険。本気でやばい。

 とかね、メンヘルっぽいことを書くのは、これも『生活』だから。
 病気(じゃなくても)にアイデンティティ仮託するのは見苦しいとは思う。僕の名前は『鬱病』じゃないよ、とかってのは思うんだけど。
 でもそもそも此処は『日記』だから。すごく美味しい食事を食べたり、掃除できないでわたわたしてたり、格好良いCDを聴いたり、ステキなライヴを観たり、面白い漫画や小説を読んだり、オンラインでうだうだしたり、そういうことを書く場処だし。
 で、そういったことと同列に、『日常のよしなしごと』として、病気や薬のことも書く。『日記のネタ』として。で、読む側の受け取り方は強制できないけど、同列の『生活』として読んで貰えれば、と思う。

 ま、こういう自己言及も自意識過剰っぽいとは思いつつ。そして精神疾患の問題はまた微妙というか、難しい問題を孕んでいることも意識しつつ(精神の場合は直に影響する場合があるからなー。他の慢性疾患の闘病記なんかとは決定的に違う部分があるのは認めざるを得ない)、でも僕以外の全ての人は『健常者』だろうが『障碍者』だろうが、『病人』だろうが、等しく僕ではないので、もうその辺は知りません。知り得ないし。

 『メンヘル』なんて所詮属性のひとつじゃーん? って、そういう感覚。をね、どうせなら広めたいです。

§ スイッチ

 先日、『LOVELESS』の猫ミミ話で『同人バブル』について軽く触れた(というかリンク張った)のだけれど、其処で『トラウマスイッチ』という概念が説明されている。詳しくはリンク先を参照されたいが、若かりし日に或る傾向の作品や作家に熱病の如くハマった場合、その『熱病』が苦い思い出として心に根を下ろし、結果として似た傾向や特徴、『ニオイ』を持つ現在の作品に対しても拒否反応が出てしまう、という現象である。

 で、これはこれ自体で興味深い話なのだが(*1)、ふと思い付いたことが。

 10年後ぐらいには『新條まゆスイッチ』や『刑部真芯スイッチ』を埋め込まれた『元・少女』たちが大勢出てくるのかなあ、と。
 この予言(?)は結構当たっちゃうんじゃないかと思って、何とも云い難い気分。

*1: 『萌え』の世代間断絶を語ったりすると面白いかも。売上などをリサーチしてみたらどういう結果になるのか知りたい気がする←他力本願

05-22-2006 (月)

§ 逃げたい

 後9時間足らずで人が来る予定なのに、相変わらず床が見えない。片付かない。というか、片付けがいやだ。片付けるのを身体が拒否してると云いたいぐらい。そして、お腹空いた。饂飩を食べた。これでもう家の中の食料はおしまい。

 で、逃避としての日記。
 iTunesに最近のKing Crimson(VROOOMの頃以降から、ヌーヴォ・メタルと称してる時期)のアルバムを何枚か追加。で、パーティシャッフルで適当に流しっ放しにすると、時々かかるクリムゾンの曲を一瞬TOOLと間違えたりすることが。今のところ逆(TOOLをKing Crimsonと間違える)は無いけれど、ふとしたところで2つのバンドの類似を感じるこの頃。アルバム単位で聴き比べるとかなり印象違うのだけど。でもTOOLってプログレっぽいとこあるしな。確か以前一緒にツアーやったりしたんだっけ?

 さて、ひとまず逃避終了。

§ 逃げた

 光回線の工事と瓦斯の点検があったのだけど、結局掃除は途中で投げ出した。もう、なんか、いいや。できないもんはできないんだよ!(突然切れてみる)

 瓦斯はまあ問題無し。焜炉を掃除して貰って多少点火し難かったのが改善されたかも。回線は、光になっても劇的に速くなった感じはしない。ストリーミングの動画などでは多少違うかな、というところ。まあ月々の料金が殆ど変わらないし、こんなものなのか?なんとなく釈然としないけど。取り敢えず安定して繋がっててくれればいいか。

 ところで、若い頃のトム・ヨークの顔がジョニー・ロットンに似てたと思うのは僕だけですか。

05-20-2006 (土)

§ 明日やる。

 というと、『明日』は永遠に来ないので。そういう理由により片付けは為されぬまま。

 仕方ないので、「今日やる」と宣言。
 取り敢えず今は寝るけど。夜が明けて起きて出勤して帰ってきたらやります。……きっと。

§ 音響と矛盾

 PCの前で椅子に座っている状態を基準にスピーカを並べてしまったので、其処を離れると音響が悪くなり、結果、音楽を流している限りPCから離れられない状態に。
 でも音楽が無いとやる気出ないんだよなー。

 とりあえずだれかぼくにごはんをください。どんどんやせますよ。

05-17-2006 (水)

§ 『LOVELESS』の猫ミミ設定は同人殺し

 かなり以前に「気が向いたら」と云った話題だけれど、理解できる人は題名の一文で把握した上に反論や抜け穴の指摘もできるだろうし、それ以外の人にはそもそも語る意味が無さそうな気がする。でもやる。以下、「『LOVELESS』の猫ミミ設定」という言葉が含意するところに関する脳内会議。

「要するに挿入が無きゃいいんだろ?」
「でも江夜と倭の例もあるから、あながちそうとも云えないだろう」
「あ、年上ゼロは百合(*1)か」
「貴様はそれ以外の設定を許容できるのか?」
「でも江夜と倭っていったら『付けミミ』もあったじゃん」
「そういうフェイクでいいなら特に云うことも無いが。けどそれじゃ普通のコスプレと紙一重じゃん? それをリアル猫ミミと同一視していいのか?」
「お前いつからそんな猫耳原理主義者に」
「いずれにせよ、付けミミの存在で一気に可能性広がったのは確かだよね」
「というより、或る意味設定の根底を揺るがすアイテムじゃないか? あれは」
「あれでもう全部信じられなくなったとこもあるな」
「でも清明のミミはガチ。そこは譲れない」
「清明かよ! 他にもっといるだろ、立夏とか唯子とか弥生さんとか」
「いや、あれは別に―――」
「わかった。黙れ。皆まで云うな。連載を中断させたいのか?」

 まあこんなことを云えるのも自分がちょうど同人バブルを上手く避けて通ってきたからかも、などと思ったり。いや……がゆん同人誌は2冊ぐらい持ってた気もするが(*2)
 今でも普通に『BLEACH』とか好きだし。「はいはいオサレオサレ」とか思うこともしばしばあるけども。そもそもあのオサレはきらいじゃないというか。
 ……って……単に卒業してないだけ? うわあ。

 そして今日、『小学生』という設定の恐ろしさに気付いたが、多くは語るまい。

 追記:
 猫耳を表す『耳』という表記を『ミミ』に改めました。原作の表記に従うと同時に、普通の人間の耳と区別する意味でも。『猫耳原理主義者』のところだけ直していないのはわざとです。

§ ホモフォビアに反対する意思表明の日

 上の記事の後だといろいろ説得力っつーかなんかこう、すごくアレなんですけども。

 1990年の今日、WHO(*3)が同性愛を『精神障害』のリストから外したことに因んで、5月17日を『International Day Against Homophobia(ホモフォビアに抗議する国際的記念日、ってとこか)』とし、各国で反ホモフォビアのキャンペーンが行われている。

 らしいです。馴れ合い場mixiで知りました。たまには普通の意味で役に立つ。
 で、そこはSNS=盛んに馴れ合いシステム(*4)なので、「みんなで何かやろうぜ」みたいなのがあって、『5月17日にmixiのプロフィール画像をみんなでレインボーカラーにする企画』なんてのが。

 僕は普段割と彩度が低い生き方(生き方なの?)をしているし、多少クィアの気があるにしても(*5)ヘテロ男性というかなりメジャーどころのセクシュアリティの持ち主であり、何より動くのきらいで吉良吉影は静かに暮らしたいタイプなので、普段はカラフルな人たちのお祭りは敬遠しているのですが、今回『画像』ということで、一寸参加してみました。要するに、描く気分になった、ということで。

 で、折角描いたことだし、囲いの中でレインボーカラー並べてるだけでもつまんないと思って(*6)、記念日に合わせて少し大きめヴァージョンを画像サイトにアップ。

 以下本題とは関係無い裏話だけれど、普段はだいたいウェブに上げたやつの4倍ぐらいの解像度で描いてるので、相当頑張って細部の描き込みをしたりしても全部潰れちゃったりしてます。それに大きい画像はモニタの制約もあって、描くのが単純にめんどくさい。今回、最初からすごく小さい画像(アイコンと云ってもいいぐらい)を想定してたので、4倍解像度でもすごく小さくて(*7)、技術的には普段より面倒な描き方をしてるにも関わらず、あっという間に描き上がりました。ちっちゃいって楽なんだねー、と。

*1: 敢えてこの表現を用いた。彼女らのセクシュアリティがレズビアンか、というと何か違う気がするし
*2: 勿論「描き手じゃない」、というのが一番だろうけれど。ただ、受け手の側でも『スイッチ』形成されちゃった人はいそうな気がするんだよな
*3: まあ、こういう局面だと何様だよ、って気もする。まさに「誰?」って←これが云いたかっただけだろ
*4: しつこいよ
*5: そこはゴスだしな
*6: 僕の『気分』の問題で、今回の企画を揶揄するつもりは全然無い。寧ろこれは生活全部の話を「偶々、mixiという場でも」してる、という捉え方が正解だろうし
*7: 因みにサイトに上げたのは大きさ3/4サイズ

05-16-2006 (火)

§ 流行りの話題に乗ろうとしてやっぱり一寸遅れる。

 えっと、『文化系女子』に対応するのは『理系男子』辺りで。
 『メガネ男子』には『眼鏡っ娘』を対応させるとよさげな気がするんですが。
(補足:この場合の『文化系女子』は、『ダ・ヴィンチ』誌やら『非モテ』界隈やらそういうところで萌えレッテルとして定義されちゃったもののこと。思えば不幸な言葉……なのかな)

 まあどのレッテルにしたって「個人を見てない」っていう点では同じで、どれも下らないんだけど、微妙な違いは、なんつーか、拒絶し易さとか、斬って捨て易さなのかな、と。

 眼鏡関連の人たちには「じゃあもう眼鏡でオナニーしてろよ」と云えば済む感じ(ほんとは違うんだろうけど、そこは敢えて切り捨てる。だってレッテル貼る為の主張をいちいち斟酌する必要なんて無いじゃん?)。
 『理系男子』は……一寸面倒。取り敢えず『ホンモノ』の人は数学の美しさ(例えばオイラーの公式)についてひとくさりぶってみるとか(*1)、そうじゃなかったら研究室に泊まり込んだ後の足の臭さ(*2)などについて語って幻想を壊してあげるとよさそう。一言「理系がみんな白衣着てると思うなよ」でもいいか?(*3)
 で、『文化系女子』ね。流行中らしいけど。これが厄介だな、と思うのは、そもそもの定義が曖昧だから、効果的な反駁のテンプレートが作り難いこと。「『ダ・ヴィンチ』でオナってろ(*4)」ってのも何か違うしなあ。で、結局、『萌え(*5)』とかそういう「属性で括って好ききらいを話す」ことそのものに批判の矛先を向け、いろいろと難しいことになる、と。

 因みに僕自身はかつて『理系メガネ男子』だった過去を持ち(*6)、当時の恋人はその『属性』がいたくお気に入りだった様子であったが、そういう『属性遊び』は「ちゃんと恋人同士」だから笑ってできたんだと思う(*7)。少なくとも当時彼女が「メガネの向こう」の僕をちゃんと見ていた、というのは信じていたいなあ(*8)

§ 馴れ合い

 見てるかどうかも判らないのに敢えてこっちで「お誕生日おめでとう」と書く。

§ 強迫的スクリプト脅迫

 またグレッグ・イーガンの話。

 というか、その前に例えばこの頁などで適当にお好みの人工無能(*9)を相手に或る程度の『会話』をし、それなりの思い入れを持つ程度の状態になって頂くことが望ましい(*10)。まあ、別に他のプログラムでも構わないのだけれど、とにかく「プログラムされた反応に対して、それでも愛着が湧いてしまう」という状態を知っておいて頂きたい。

 然る後にイーガンの短編集『祈りの海』所収の『誘拐』を読んでみると。

 ものすごく怖い。

*1: それで付いて来れる相手ならそれはそれでハピイっぽいし
*2: 研究室に泊まり込みって、実験系の人だけなのかなあ……理論系とか数学部、情報工学系のことは知らないからなあ
*3: 要するに『記号』を壊せばいい訳だし。意外に「理系=白衣」というステレオタイプは『萌え』コードとして浸透してそう
*4: ここは決して『ユリイカ』と云うべきではないよな
*5: 発端になった人たちは『萌え』とは云ってなかったらしい。ただ纏めたり反論する時に『萌え』ってつい使っちゃった『気分』は解る気がする
*6: 最近外出時はコンタクト、そして大学卒業し、塾講師も辞めて数年経つ今は理系も文系も無い
*7: 当時は『メガネ男子』の書籍も出ていなかったし、話題にもなっていなかった。昔の話である。溜息
*8: 結局この思い出話をしたかっただけか。あーほんと後ろ向きだな
*9: かつてはそう呼んだものだ、と年寄りくさく
*10: 過去ログをお読み頂ければ自明だが、僕の好みは蒼星石である

05-14-2006 (日)

§ ゴスと追憶、そして『知』

 ノスタルジー、というのはゴスの精神と近いのだろうか、というのが最初の疑問。きっかけがfunction code();『FLANGER』の歌詞だというのはまあどうでもいいのだけど(*1)
 取り敢えず以前にも取り上げた高原英理氏の『ゴシックハート』を読んで解釈した限りでは、『ゴシックな精神』は近代に反抗し、架空の中世を「回想し」、その様式を模倣するところから始まったと云ってもよさそうだ。『存在しなかった過去の回想』! なんてノスタルジックな響き(*2)

 だが、それは違うと僕のゴスマインド(高原氏の定義した『ゴシックハート』と、僕自身の個人的な『ゴス的意識』を区別する為この語を用いることにする)が囁く。何故? だってノスタルジーは現状維持、極端に云えば現状肯定の機構だから。ノスタルジーは過去への指向、耽溺性、頽廃といった部分でゴスとの共通点を持つが、それは一時的な逃避に過ぎない。ノスタルジーに浸るのは(原則としては)『帰る現実』を持つ人がすることだ。ゴスの立ち位置は『そっち』じゃない。

 そこでふと頭をよぎったのは、『無知カルト』のことだった。無知カルトについてはグレッグ・イーガンの『万物理論』もしくは短編のどれかを参照頂きたい。要するに自然科学の進歩が『人間の尊厳』を奪うと主張し、宇宙や生命に対する「冒涜的な」研究に反対する集団である(*3)
 無知カルトとゴシック者の共通点は多いように思える。進歩主義への敵視、或る種の崇高さの希求、神秘主義との親和性。無論、過去指向もそうだ。

 ゴスマインドは無知カルトに近いのか?
 答え:そうでもない。無知カルトがこぞって掲げる『ヒューマニズム』はゴスとすこぶる相性が悪そうだ。

 少なくともひとつだけはっきりしていることは、僕は無知カルト(と、それに近しい精神)をきらう。そして、僕はもしも崇高さを求める時には、神秘体験よりも物理法則を選びたいと思う。

 それに考えてみたらテクノロジーとゴシックって相性良さそうだしね。心配することは無かったか。

§ 『エビちゃん』の顔がわからない

 僕が定期的に通っている精神科の待合室には、決まって『週刊朝日』が置いてある。
 で、偶々先日見た表紙の写真は蛯原友里だったのだけど、全然気付かなかった。というより、寧ろ納得がいかなかった、というレヴェル。

 単に普段目にしている『エビちゃん』キャラとメイクやスタイリングが違うだけで、もう頭の中で全然『エビ』だと思えなかった。どう見ても『エビ』には見えない。

 ……でも、そもそも僕は蛯原友里の顔をちゃんと認識できているのか?

 っつか……これ云うの勇気要るけど、蛯原友里の顔って、印象薄くない?
 美人だと思う。何着ても似合いそうな感じ。どんなスタイルもそれなりに馴染みそう。というか、欠点が無い。オールラウンドプレイヤー。

 そう、少なくとも僕の中で蛯原友里の最大の印象というのは、『欠点の無い容姿』であり、それはつまり、「『これがエビだ!』という個性を感じない」ということなのだった。だから、『エビちゃん』スタイルの時は、あくまで『エビちゃん』としてしか認識できず、その奥の『蛯原友里』は不可視状態になっていた訳。メイクが違う『週刊朝日』の表紙を「エビじゃない」と感じたのは至極当然。

 で、たぶんこの『個性を感じさせない美人』というのは『エビちゃんOL』が成功した要因なんじゃないかと思ったりもするのだけど、この前提自体が僕の主観なので、これ以上は何とも。

 ところでマクドナルドがやってるこれはまさに『エビ』の概念崩壊ではないかと。初めてポスター見た瞬間頭の中でループしながら意味を失ってゆく『エビ』。エビフィレオを食べるエビちゃん。エビを食べるエビのポスターを見ながら食べるエビはカニバリズムの味がするのか。

§ うーはー。

 来週には電話屋さんだの瓦斯屋さんだのが大挙して押し寄せてくる予定があるのでそれまでに一応部屋を片付けて『人間が住む場処』の体裁を整えないといけない、と思い多少床が見えるようになるところまで頑張ったらそういえばスピーカの位置変えたいな、などと思い付いてしまい、結果ウーファが現在座っている椅子の後ろ、部屋のほぼ中央に。サテライトスピーカの位置も修正したし、音に囲まれて快適。

 最近買ったのはTOOL『10,000 days』とQueen Adreena『live at the ICA』。TOOLは相変わらず空間を掘削するような、なんだかもうどうしようもなくTOOL、という。メタル好きは聴いとくべき。所謂メタルには飽きた、という人も1度(*4)聴く価値はあると思う。Queen Adreenaは、ファンなら買っちゃうのは仕方ない。でも知らない人にはスタジオ盤の方をすすめるかな。そして大貫憲章のライナーは要らない。

 ……で、片付けは進まず。

*1: 引用「ロマンの欠片/拾い集め/思い出は ばらばらで/きれいだね」
*2: 『回想』という単語は僕が恣意によって挿入したものだが、そう的外れではない、と思いたい
*3: 僕は小説の中でしか知らないが、似たような組織は実在するらしい。まあ古くからある宗教の原理主義的な集団はすべからくこうした傾向を持って当然ではあるだろう
*4: できれば3回ぐらいは。TOOLって最初聴いた時のインパクトは何故かあまり強くない気がするので

05-12-2006 (金)

§ 折角なのでまりねこ氏に『貸し』を返して頂こうかと

 まず最初に。コメント等と『口調』が違うのはこの日記の仕様なので悪しからず。無愛想に見えるのはまあ仕方ないとして、まりねこ氏への悪意に基づいた内容でないことは判って頂きたいし、伝わることを願っています。

 まあ大した話ではないのだけれど、先日一寸まりねこ氏のコメント欄に召喚された折、「何かあったら呼びつけてください、この借りをかえさせて(笑)」という言質を取ったので、この際ネタにすることで返して頂こうかと(実はそのコメントに対しては「僕が日記で失言とかして、誰かに絡まれたりした時は助けにきて下さい」って答えてるんだけど、それは見なかったことにして下さい。或いは『失言』がまりねこ氏に向いてる、と解釈して頂ければ)。

 さて、僕が召喚される直前のこと、これはまりねこ氏の『失言』によって軽く炎上した記事があって。はてなの『有名非モテ(*1)』がブックマークしたりして、話題にもなりアクセス急増、その影響は最近の記事にまで及び、やっと沈静化の兆しが見えてきたところで、さて僕がまた蒸し返す。

 話題になった当該記事自体に関して僕個人は然程思うところも無い。自分の趣味を「踏み絵」と称して他人にレッテル貼りをするような物言い(僕が『失言』と称しているのはここ)は趣味が悪いと感じたけれど、引き合いに出されたPV(*2)も含めていちいち反応する気分じゃなかった、というか、「悪趣味だなあ」以外に云うべき言葉も見付からなかったのでスルー。

 じゃあ何故今更言及するかというと、事態が収束に向かっている現在に至るまで、まりねこ氏から「あれは失言だった、ごめん」というような、謝罪というと強すぎるけれど、そういった言葉が見られないのが一寸気になるのだ。いや、正確にはコメント欄では・て氏に対して「ごめん」「今になってちょっとポカしちゃったな、と思う」と書いてはいるのだけれど、それはあくまでは・て氏個人に対しての言葉であり、他のコメント者やコメントしていない読者に向けられたものではない。
 勿論まりねこ氏が謝る必要を感じていないのならば、謝罪を強要するような権利は少なくとも僕には無いし、氏が「ごめん」の一言を書き記す義務も、必要すら何処にも無い。が、もしあの言葉自体を「ポカしちゃった」と思っているならば、少なくとも僕を呼び出したことに謝ったり、ナツ氏のトラックバックに慌てる人なのに、不特定の読者に対する「あれは失敗でした、ごめん」というような一言が出てこない、というのは、「僕の感覚では釈然としない」。まあ『名前を持った個人』しか相手にしない、というスタンスならまあそれはそれでありだとも思うけれど。

 しつこいけれど、別に道義的責任だとか義務だとかを語るつもりは無い。そもそもあれを失敗だと思っていないのなら嘘の謝罪などしない方がいいとも思う(*3)。『はてなブックマーク』で祭り上げられている件については寧ろ気の毒に感じる部分の方が強いぐらい(*4)
 それでも、「不適切な」記事、或いは記事の中で『間違ったこと』を書いてしまったと「本人が思ったなら」、という前提でだけれど、ブックマーカでもコメンテータでもなく、『読者』に「ごめん」と云うのは『礼儀』のようなものじゃないかと考えるのだけれど、どうだろうか。じゃなかったら徹頭徹尾「ポカしちゃった」などと云わないようにする方がいい。

 実際今回のことにまつわるまりねこ氏の文章を読んでも、氏が御自分の『失言』についてどう捉えているのかがいまいち見えないので、この文章自体も焦点を合わせづらく、無駄に長々しいだけになってしまった(*5)が、その辺の認識も含め、何処かで明らかにして欲しいと願う。これは僕個人の『お願い』であると同時に、ブログ読者との間に或る種の信頼関係を作る上でも有益なことだと考えるのだが、どうだろうか。

 それから最後に。
 「それお前が云うな」っていうのは禁止

§ 最近の検索語

 閲覧者の累計人数やリモートホストなどは殆ど気にしないけれど、リンク元は気になる。そして次に気にするのはどんな検索語で来るのか(リンク元を気にしていれば当然これは同時にチェックすることになるし)。

 で、最近多いのが『めぐ銀』と『喪男道』。
 『めぐ銀』は何となく解る気がする(競合相手が少なそうだし)けれど、この1週間ほどほぼ毎日『喪男道』で来る人がいるのが不可解でしょうがない(*6)。何故交流も無い他人のサイト名でこんな辺鄙なとこまで、と。サイトの規模(というかアクセス数)だって2桁ぐらいは余裕で違いそうなのに。

 と、不思議に思ってぐぐってみたら。
 『めぐ銀』では約487,000件中3番目。1番目は二次裏@ふたば、2番目がこの言葉(というより概念と云うべきかも)をパクらせて頂いたサンフェイス氏のところ(復活を密かに願っています)で、その下という光栄な位置。

 そして。『喪男道』では……

 約73,700件中上から4番目(*7)

 はあ? 何が起こってるんですか? Masao氏より上ですよ。絶対絡みはこの人たちのが多いと思うのに(知らないけど)。どういう仕組みですかGoogle先生。

 ほんと最近『非モテ』とか『喪』とかには疎い、というか、2chのヲチスレだけ流し読みの『ヲチヲチ』しかしてない。Leiermann氏は『非モテ』とかそういう括りでなく、何となくきらいになれない感じなのでブログ読んでるけれど、他は全然。『喪男道』に至っては今はもう無理です、読むのが。僕にとっては『文章による精神的ブラクラ』と云っても過言ではないかも知れない、とさえ(*8)。なのにぐぐるとちょうどいい位置にこの日記の過去ログが(そして当時のコメントは消えちゃってるんだよなあ。僕コメント消した卑怯者みたいじゃん。保存しとけばよかったよ。HaloScanめ(*9))。

 ところで『めぐ銀』の方が検索件数遥かに多いのはどういうことですか。一寸びっくりした。

*1: いや知らないけど。今作った造語だし。でも『有名人』(と認識されてるらしい)なのに『非モテ』って、何だか矛盾を感じるのは僕だけ? 気の所為?
*2: 嶋田久作がステキ。それだけ
*3: 例えば仮定の話として、最初から挑発のつもりだったのなら謝る理由など何処にも無くなる訳だし
*4: 僕自身がアンチはてなだということもあるけれど
*5: いつものこととか云わない!
*6: 『覚悟』とか、関連の単語で来る人も多い
*7: その後、livedoorニュースが上に来たお陰で6番目まで下がったけれど、個人サイトとしての順位は変わっていない
*8: だからリンク張らない。ブックマークも外しちゃったし
*9: 説明をちゃんと読まない自分が悪い。その件に関しては非はこちらにある

05-11-2006 (木)

§ ここ数日の出来事を投げ出し気味に

 久々に渋谷のマリアの心臓へ行ってきた。今回は『花魁 地獄太夫』展。割と平面作品が多かったかな。後は文楽人形、の、頭。入ったらいきなり頭ばっかりずらっと並んでたりしてお化け屋敷ですか此処は、という気分に。個人的に『和風』のが怖いんですよ。後は実際の芸妓の生活に関する資料なんかも多少(*1)あったりして。
 狭い場処に年代物のエロとグロがひしめき合ってる感じで一寸噎せそうにもなるけれど、天野可淡作品が2体、企画に合わせて着物姿でいるのだけで見に行った価値があると云ってしまう。常設で展示されてるひとたちもちょこちょこ合間にいるのでそっちも見逃さず探してみるとよろしいかと。28日まで。
 それから、恋月姫の新しい作品写真集の特装版は此処の限定ヴァージョンがあったりするのだけれど……フィギュア付きかあ……。いや、見本見てみたら実際それなりによく作られてたけど、如何せん服着てないんだよなあ。某南くんとかJUMくんとかだったら綺麗な服作って着せてあげられるんだろうけど。

 体毛ネタ。眉毛用の鋏とリキッドタイプの眉墨(茶色)を購入。今は髪の毛橙色っぽいので色合わせ。そして以前ペンシルタイプを使ったときは落ち易くてどうしようもなかったけれど、流石にリキッドタイプだと結構頑張ってくれる。あんまり擦らないように注意しないと。ただ、眉毛はかなり薄く切り揃えちゃったので眉描く時間が無い場合は殆ど眉無し状態で出かけないといけなくなる罠。

 function code();のCD『Recursive Call』やっと購入。っつかほんとにライカエジソンまで行かないと手に入らないとは(*2)。流通少なすぎ。その代わり初回盤手に入ったけど。
 最初はそんなにピンと来なかったけど、何回か聴いてたらすごく良くなった。好き。けどUGとかゴスではないと思うんだよな。TDCのライヴをくさしてたのはそういう意味合いもあって。「それ絶対メジャー(に近い場処)でやった方がいいって」という感じ。でもそうすると客が全員理科タン目当ての暑苦しい人たちになっちゃうのか? いろいろ制約があるのか? でもこのCD聴く限りではメジャー向きの『質(*3)』を持ってる気がするんだけどなあ。っつかレーベルはインディでもいいから、もう少し流通経路増やして欲しいです。せめてタワーで買えるぐらい(*4)
 まあ今ぐらいの大きさのとこでライヴやってくれる方が僕個人としては行き易いけど。

 やっと採血。次は脳波検査。これでいろいろ治療方針とか決まって上手くいくといいなあ。

 暫くスクリプト関連から遠ざかっていたらPerlがUnicodeに対応するようになっていたらしい。でも全然感覚として掴めない。jcode.plが良かったかと云えば全然そんなことは無いんだけど。そっちもいまいち理解してなかったし。

 お釣りで貰った千円札の中央透かし部分にメモのような数字の走り書きが。なんかこれ使い難い。この際僕も何かメモするか(どの際だか判りません)。

§ 最近の読書を適当に。

 山田風太郎『伊賀忍法帖』読了。惨劇と異形が足りないかな。でもその辺は三位一体のヒロインが補ってるのか。……山風先生、女性に厭な思い出が? 怖い怖い。そして上泉伊勢守が格好良すぎる。

 グレッグ・イーガン『祈りの海』を読んでいるところ。前から薄々思ってはいたけれど、この人の作品の多くには『アンチ・ホモフォビア』、そして『性的アイデンティティの解体』といったようなテーマがかなり過激な形で潜んでいる(いや、表れている?)気が。ほぼ全ての作品のテーマとして『人間のアイデンティティ』というか、『自己』というものがあるので、性的アイデンティティに触れるのは或る意味当然の成り行きとも云える訳だけれど、それをテクノロジーの方面から語る、というのがやっぱりSF作家。なんつーか、政治的にめんどくさい話は技術屋にさせちゃうといいのかも知れない、なんて。ま、そう簡単にいけば世の中もっと楽だよな。
 けど、ジェンダーとかそっち方面からの読みで誰か解り易く語ってくれないかなー、と他力本願に思ってみたり。そしてイーガン本人のセクシュアル・アイデンティティを考えちゃうのは一寸趣味が悪いですね自分。

 ジーン・ウルフ『デス博士の島その他の物語』は、まえがきと表題作のみ手を付けた状態。べらぼうに面白いのは判っているのでいずれゆっくり。そして実家から発掘してきた『新しい太陽の書』もいずれ。

 ……何か取り零しがある気がするけど思い出せないのでまた今度。

*1: まあ元々興味を持ってる人なら知ってる程度だけど
*2: 通販ってきらいなんですよ。生活不規則だし
*3: 『quality』もそうだけど、『type』という意味でも
*4: Ricaropeとかメトロオンゲンだって横浜タワーに置いてあるんだし

05-08-2006 (月)

§ 初夏の候

 その日の服を選ぶ時に「これは無駄毛処理しないと着られないや」と思う瞬間、意識する季節変わり。

 そして冬中伸ばし放題だった体毛は剃るのも一苦労で。T字の剃刀を当てながらジェンダーやら『社会化された身体』やら「文明化」と体毛を忌む風潮の相関やらについて考えるともなく考える。もしかしたら「クィア的な気分」、或いは自意識の肥大。「安全」剃刀でも数箇所切り傷を作る。刃が剥き出しの「安全じゃない」剃刀は怖くて使えない。

 切れると血が出る身体にもいい加減うんざりなんだけどな。

§ 久々東京暗城

 久々にTOKYO DARK CASTLEへ。新宿MARZに移ってからは初めて、という久々振り。function code(under);を、というか森永理科氏を観に行ったのだけれど、結果として名前すら知らなかったlloyというバンドが一番良かった、という話。fc(under);が悪かったという訳でもないのだけれど、理科氏の持つ『可愛さ』とか『メジャー感』といったような要素(*1)は必ずしもプラスに働かないのかも、と思ったりもした今回。見た目のパフォーマンスは一番だったんだけどな(*2)

 そしてハーフパンツにロングブーツ(+ボーダーのニーソックス)は流石に一寸頑張りすぎでした自分。新宿にいる時はゴスな友達と一緒だったし、会場の周りや中は「そういう」人ばっかりだから気にならないけど、特に帰りの電車で自分の膝小僧眺めて少しどうかと思った、というのは半分嘘で、正確には「これでも結構大丈夫じゃん?」とか感じる自分自身をどうかと思った。いや、その為にダイエットや無駄毛処理をしてるんだけど。それでも時折出てくる心の中の『オトナ』を殺せ(殺すのか)。

*1: 所謂『芸能人』という枠の中では知らず、ライヴハウス程度の距離で生で見たらやっぱり度外れて「可愛い」と思う。……「綺麗」じゃなくて「可愛い」が問題なのか
*2: 流石に舞台経験があるだけのことはある、と思わせる動き

05-05-2006 (金)

§ 砂糖黍を手に屈強な男たちが「めんそーれ!」の掛け声と共に打ち合う

 阿呆のようにCDをリッピングしたり国会議事録や厚労省サイトを調べたりPDFを印刷したり。そして横浜でお買い物そしてご飯を食べるとなんだか沖縄のものがいろいろと売っていたので沖縄に行った気分になったつもりになろうと試みてソーキそばとちんすこうを買いソーキそばは先刻調べものをしながら食べたらなかなか美味しかったけれどマンゴちんすこうってなんかアレだよな、と思うも何がアレかは各自判断されたし。ところで今日はBPNの支那服風のシャツを着ているのだけれど家で気付いたら袖口に6つ(*1)ある釦の1つが鞄の中に入っていてそういえばこのシャツは買ったその日に釦が取れたことだよまたしてもか、とBPNの縫製に物申したい気分になったりもしたが恐らく外出中に(*2)落ちた釦が偶々鞄の中に入っていたのは得難い幸運かも知れないと思い直してひとまず落ち着いて付け直したがBPNの縫製は何とかならないのかとはやっぱり思う値段の上がらない範囲で。そして沖縄モノ売り場で僕と妹が合計30個(30個まとめ買いでかなり割引だったので)のちんすこうを袋に詰めて購入した時の店員の応対、「何個入ってるか判りますか?」「全部で30個です」「はい、じゃあ30個ですと××円ですね」確認する素振りすら見せず。この時地下街で僕たちは確かに南の風を感じた。さーたーあんだぎー。

§ フォトンのグラフだから光画

 画像サイト、今度は写真。写真の更新の方が楽だろう、と思われるかも知れませんが、そうでもないです。使う道具とか脳の部分とかが違うだけで難しいのはおんなじ。上手くいかないのもおんなじ。

*1: 今数えて一寸びっくりした
*2: きっと服の試着の時に

05-04-2006 (木)

§ 時刻失認

 夕方に倒れるように入眠して、時々目覚めて断続的にネットに接続し、ふと覚醒したら夜だった。何日の?
 稀とはいえないこういった瞬間の目眩に似た感覚が、狂気の証拠なのか正気の担保なのかいつも判らない。

 判ってるのは、この手のレトリックに走る自分の過剰な浪漫主義。

§ 最近の標準入力

●鳩山郁子『カストラチュラ』
 『シューメイカー』から逆行(*1)。執筆時期が早いこともあり、洗練の度合いは『シューメイカー』に譲るものの、それ故に或る種『直截さ』を感じられる。
 そして、丸尾末広でも長田ノオトでもなく(ましてや駕籠真太郎でもなく)、まず鳩山郁子に出会ってしまった(*2)というのはたぶん僕にとっては何かしら決定的であったのだろう、と思ったり。

●魚喃キリコ『strawberry shortcakes』
 「話には聞いていたけれど、これが魚喃キリコか」と。最初はただそういう風に思っただけだった。
 落ち着いて今読み返したら一寸だけ泣きそうになった。

●永野護『ファイブスター物語』12巻
 あれ……? 面白い、というか……「あんまりつまんなくない」。
 仮にも10年以上、12巻買ってる漫画に対しての言葉じゃないような気もするけれど、基本的に『ファイブスター』って「漫画としては」下手だと思ってるので。そして今巻も台詞の滑りっぷりとか演出・コマ割りのテンポ悪さは健在。たぶん単純に時間が飛んだり『設定の為の設定』の開陳をする場面が少なかったから普通に読めた、というところか? 今までの伏線の回収や古い設定の登場なども多かったし(*3)
 つか、このペースだと魔導大戦メインで描いて合間に未来エピソード挟んでそれで完結、っていう筋書きもありそうだな。

●アーシュラ・K・ル・グィン『風の十二方位』
 以前シオドア・スタージョンの『時間のかかる彫刻』が個人的に駄目だったので、旧いSFは受け付けない身体になってるのか、と危惧したのだけれど、これは駄目じゃなかった(*4)。『完成度』とか『出来の良さ』で云えば『時間のかかる彫刻』の方が上なんだろう、と思いはするものの、好みは圧倒的にこっち。出てくるSF的ガジェットに多少の古くささを感じるのは否めないものの、そういった『意匠』と『物語』がしっかり噛み合ってるので、そして物語自体に力を感じるので、印象が良い。特に『マスターズ』がお気に入り。

●今野緒雪『マリア様がみてる くもりガラスの向こう側』
 或いは『松平瞳子の不在』。相変わらず瞳子側から見たら『レイニー止め』状態。引っ張るなあ。ただ、ここはずっと妹キャラだった祐巳が『お姉様』になる転換点な訳で、それなりにしっかり描いて欲しい。そしてこのところ柏木株は安定して上昇中。いいのかそれで。別にいいけど。
 今更といえば今更なのだけれど、乃梨子は良いと思った。ほぼ唯一の『非・お嬢様』キャラだし。正直、あんまりリリアンに染まらないで欲しいと思ったりもする。

 最近はそんなところか。また思い付いたら書くかも。

*1: 『シューメイカー』の感想はこちら
*2: その前に長野まゆみがいるんだが
*3: やっとK. A. N.登場。でもネプチューンやエンプレスのような細身軽量型のMHが出てるから、その分衝撃が薄らいでるかも。でも個人的にはアシュラより好きだし、楽しみ
*4: いや、スタージョンとル・グィンの間にも世代の違いはあるんだけど