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09-26-2006 (火)

§ 予想はしていたけれど

 えーと、『ROCK FUJIYAMA』は面白いですよね。最後にあるバラード紹介コーナーとか、世代的にちょうどよく聴いてた曲が多かったりして……ってそうじゃなくて。

 『シムーン』最終回。

 ぶん投げた――――!!

 全部綺麗に投げっ放しで終わり。いっそ清々しいほどの投げっぷり。
 あ、でも必ずしも「だから駄目」とは思わなかったり。だってさ、このアニメってそもそも設定がどうとか、謎解きが云々とか、そういう作品じゃないでしょ?(*1)
 いや、それはもう死ぬほど批判も出るだろうし、個人的にももう少しは謎解きをして欲しい部分が無かったと云えば嘘になるけれど、今回のあれはあれで正しい終わり方なのかも、と思ったりもする。たぶん最初からこの最終回を目指してたんじゃないかな、という意味で。

 だってさ、「美しければそれでいい」んでしょ? うん、それでいいよ。

*1: まあそりゃ古代シムーンとかアングラスの遺体とかコール・デクストラとかにはいろいろ謎があるけれど、そんなんおまけでしょう。因みに4話でアーエルの右目が赤くなるのはたぶん単に作画上の演出かと

09-25-2006 (月)

§ しがらみ in the air

 mixiにリソースを取られすぎていてどうにもよくない。食事日記や、こちらに書くほどまとまっていないことなどを書いているのだけれど、結局それだけでも結構疲れてしまって他が疎かになりがち。というか、何より絵が描けてないのがどうにも。
 っつーか、mixiは『道具』として使うにはしがらみというか、何だか余計なものが多すぎる。たぶんそう思っているのは僕だけじゃない筈。「気持ち悪い」と云って撤退したり、上手く使おうとして馴れ合い空気に絡めとられたりしてる人が僕の周りだけでも何人か。……内輪でグダグダやるにはいいシステムだと思うし、連絡などには便利なのだけれど。

 まあ、今日の僕は単に寝過ごしていただけで、mixiどうこうというのはおまけなのだけれど。

 取り敢えず『シムーン』最終回まであと数時間!(それか)

§ パブリックイメージ

 以前、所用で役所か何処かへ行った時に、そこでふと目を引いた人が。
 髪型や服装を含めた容姿のどこかが特別変わっているとか突出しているという訳ではなくて、まあ会社員風のスーツ姿としてはかなり瀟酒というか小洒落た雰囲気ではあったけれど、何かこう、それだけでなく佇まいというか、恐らく姿勢や動きの微妙な部分が醸し出す空気が妙に周りから浮いている感じ。良く云えば「イケメン風のオーラ」だけれど、悪く云えば「格好付けて浮いててみっともない」。何というか、『オサレ』という言葉がぴったりの感じだった。
 で、僕は「ああいうのは格好良くないなあ」と思ったりしていたのだった。まったく他人事のように。

 というのが枕で。
 僕は割と「お洒落」だとか、そういうことを云われることが多い(*1)。ついでに、最近(やっと)自覚してきたのだけれど、自分で意識しているよりも目立つらしい。こういうことを書くと鼻持ちならないと思われるかも知れないが、別に自慢したい訳ではない。だいたい僕は自分の容姿がさほど優れているとは思っていないし。
 つまり、僕は以前見掛けて「ああいうの格好良くない」と思っていた人、反面教師にしようと思っていたような『オサレな人』と自分が同じになってしまっているのではないか、と気付いたのだ。

 それは確かに僕は多少変わった服が好きだし、好きな服を着ることに対する躊躇、というか、『周りの目』を意識して遠慮するということが比較的少ないとは思う(現状それで「許されて」いるし)。で、結果として悪目立ちすることも多いし、それは仕方ないと思ってもいる。
 ただ、「シダさん(仮)ってお洒落ですよねー」とか「シダさん(仮)は生活自体がアートって感じですよね(*2)」などと云われた日には、それはもう居心地が悪いし、それは違う、と声を大にして云いたくなる、という話。そうじゃないんだ、別に僕は『オサレ』になりたい訳じゃないんだ、と。
 いつもこれを云うと笑われるのだけれど、実は僕は「目立ちたい」と思っている訳では全然なくて、寧ろ雑踏の中に紛れるような、目立たない静かな生活をしたいといつも思っている。目立ってしまっているのは周りへの積極的なアピールではなくて、逆に周囲の目に対する意識の欠如というか、「周りに合わせる」ことにリソースを割けない結果として浮いてしまうだけなのだと思う。

 今にして思えば、役所で見掛けた『オサレ』な人も、本人にしてみれば別に格好を付けている訳ではなく、あくまで自然体に、自分の好みのスタイルでいた結果としてそういう雰囲気を纏ってしまっただけなのかも知れないと思ったりもする。

 本当に『お洒落のセンス』とやらがあるのなら、もっと周りを視野に入れて上手く適応できているんじゃないかな、と思うのだけれど、僕にはその辺の感覚(=センス)が欠けているし、合わせようという意思も現状あまり無い。なのに「お洒落」などと云われてしまうと、揶揄に聞こえるというのは云い過ぎにしても、やはり居心地は悪いな、と。

 ということで、『オサレ』な人はきっとあんまり空気が読めないタイプなので、下手に褒めないであげて下さい、というお話。……でいいのか? あ、あとね、この手の『オサレ』は『モテ』には繋がらなさそうですよ、というのも(いや僕がもてないから、というだけではなく、たぶん一般的にそうじゃないかな、と)。

*1: 稀だけれど「かっこいい」と云われることもあるし、大昔小学生相手のバイトをしていた時に『イケメン』などという綽名を付けられたこともある。その小学生が『イケメン』という言葉の意味を理解していたのかどうかは知らないが
*2: 本当に云われたのだ!

09-21-2006 (木)

§ 時々思い出したように動く

 連休が3日なら動けるのはだいたい1日。残りは文字通り「休み」の為に。そもそも休日じゃなくても休みがちだけれど(でもネットには繋ぐ)。
 そんな『動ける日』、中川悠京氏と笹公人氏の『地球(テラ)スコープ展』へ。開催期間が短かったので、最終日に間に合ったのは僥倖(*1)。ふらりと寄るには吉祥寺はやや遠いし。

 悠京氏とお会いするのは2回目。ゆっくりお話するのは初めてか。いろいろ気を遣って頂いて有り難かったです。
 笹氏は、一言二言程度しか言葉を交わしていないけれど、視線が面白い方だな、と。なんか、昔塾の生徒でああいう感じのガキがいたなあ、などと思っていたのは内緒。作品自体に触れるのも今回が殆ど初めて、といっていいぐらいだったのだけれど、ものすごく勝手かつ感覚的な解釈を許して頂けるなら、『思春期男子の童貞力』だなあ、と。いや、たぶん大半の人には訳が解らないと思うのだけれど、僕の目には「そういう」感じに映った、というか。解らなくてもいいです。笹氏と僕はほぼ同年代なのだけれど、ノスタルジーとか懐かしさとかそういうイメージではなくて、思春期童貞パワーの歌なんじゃないかなー、と。

 帰りは新宿経由で。ワンジュク(*2)に立ち寄ったにも関わらず何も買わずに出てきた意思力を誰か褒めて下さい(金が無かっただけだが)。でもシムーンのDVD買っちゃったので台無し(金無いのに)。いや、でもね、シムーンはいいのでみんなDVDを買えばいい。実のところ作画の質がものすごく高いとは思わないし(*3)、脚本や演出の粗探しだっていくらでもできるけれど、『決め』の部分の熱さと格好良さは見事と云うしか。後は人物も機械も、デザインがしっかりハマっているので、それだけでも観る価値はあるかと。
 でも、未見の人が今から最終回だけ観るというのだけはやめて欲しい。それはつまらないので。というか、最終回はちゃんと上手く終わってくれるのか、なんだかんだでかなり不安だったりもする。

 って何故シムーンの話に。

*1: いや、そこまで運頼みの人生でもないですけど
*2: この呼称も好きではないのだけれど、「OIOI」と書いて「マルイ」と読ませるのも個人的に受け付けないので、敢えて
*3: ただ、あの水彩風の背景に関しては、最初こそ馴染めなかったものの、面白いと思えるようになった。3Dの機械と平面塗りのキャラにあの背景、という画面作りは実は結構いいかも

09-19-2006 (火)

§ 豆腐のリ・マージョン

 『シムーン』ラス前! ということでもう一種異様なテンションの上がり具合。番組始まる少し前まで寝込んでいたというのに(*1)
 最終回前にして惜しげも無く燃料を投入してきた。本気で最終回には燃え尽きる覚悟なのか。泉の場面〜性別決定の流れだけでも恐ろしいほどの情報量(一寸本気でDVD購入を検討中)。でもこれで『泉組』の方は概ね決着か。個人的にロードレアモンのお姉さんっぷりが良い。ヴューラは勿論だけれど、ユンもロードレがいて救われた部分があるんじゃないかな、などと。

 で、もうアーエルとネヴィリルはキュンキュンしてればいいです。あー甘酸っぱいったら。パラ様としては「もうさっさと違う世界でも何でも行ってしまえ」という感じではないのかと。どうなのか。

 そして、遂に最大級のアレが。アルクス・プリーマ艦長が全国の(*2)乙女たちを悶絶の渦に叩き込む究極のリ・マージョンを。いろいろ根回しやら裏工作やら(あと手刀とか)頑張ったのはデュクスの人の筈なのに、あれで全部持ってかれた気が。
 全国の豆腐×グラタンの人たちは「公認」と書いた紙を掲げて走り回るといいです。

 ともあれ次は最終回。たぶん信用していい(スタッフを)とは思っているのだけれど、まだ気は抜けない。いずれにせよ、一視聴者としては最後まで見守るしか。

*1: 『ROCK FUJIYAMA』ぐらいからやっと調子が上がってきた。というか、ローリー氏はブラックモア御大が好きすぎる
*2: 今日は関東地区のみだっけ

09-15-2006 (金)

§ 美しければそれでいいやもう

 某所で観たPerfumeのPVがなんだかもう恐ろしくツボに嵌ってしまったので、その勢いでアルバム(初回限定DVD付き)を購入。ピコピコ電子音やいかにもなシンセ音(*1)で構築されたトラックに無機的な少女ヴォーカル、そして映像はレトロフューチャーな都市の風景(とまでは云えないか。80年代サイバーパンク的な)と、まああからさまに狙ってる感じではあるのだけれど、この手のものには釣られ易いので。や、充分良く出来てると思う。少なくとも釣られてもいいかな、と思う程度には。
 まあ考えてみたらトミーフェブラリーも好きだったし、アイドルポップ好きなのかも。でもきっとDVD付いてなかったら買うのはもっと躊躇したと思う。まあ実際聴いてみてシングル3曲と頭の1曲だけでも損は無いと思ったけれど。

 CDはもう1枚。『シムーン』のサウンドトラック1枚目。
 ……いや、そんな滅茶苦茶ハマっているから、という訳ではなくて(いやまあそれなりにハマってはいるのだけれど)、単純に音楽がいいなあ、と思ったので。劇中での使い方がやや独特な感じで耳に残る、という理由もあるのかも知れないけれど。でも余計な手を加えず、単なるサウンドトラックとして作られているにも関わらず「ちゃんと聴ける」感じになっているし、悪くないかな、と。少なくとも『SEの寄せ集め』という感じにはなっていない。ただ、それ故なのか、多少OPとEDが浮いてしまっているような気はするけれど。TVサイズだから余計そう感じたりするのだろうか。一寸勿体無いかな。

 何というか、最近オタク復帰というか、「そっち方面」に寄ってるなあ。まあ元々思考や趣味がオタク的なのは変わらなくて、興味の対象がその時々で移ろっているだけなのだけれど。

§ 名無しの怪物

 このところ面倒なので眉毛は全部剃ってしまっているのだけれども誰にも何も云われないのは誰も僕のことなんて見てないのかしらーなんて一寸拗ねているところ、久々に妹と顔を合わせたら。

 「なんか、フランケンシュタイン……じゃなくて、フランケンシュタインの作ったアレみたい」と。

 正しい。身内の身贔屓になるけれど、こういう知識をこそ『教養』と呼びたい。
 ヴィクトル・フランケンシュタインは人間ですよ。彼が作った人造人間、或いは怪物は名前を持たないのです。基礎教養と云っていいかと。

 で、調子に乗ってアイシャドウとアイラインを塗ってみたら(*2)より件の怪物に近い容貌に。夜中なのでそのまま家に帰り(帽子を目深にかぶって隠しつつ)、手を加えたらマリリンマンソンっぽくならないかなーなどと目論み更に目の下にシャドウで隈取り、ラインも強調、とどめに黒い口紅を付けてみたらなんだか単なる変態にしかならなかったのでがっかり。黒口紅がいけなかったのか。

 そんな変態っぽい顔のまま書いていますよ。

*1: ムーグっぽい? なんか一寸古いシンセみたいな音
*2: 塗ったのは妹だけれど

09-11-2006 (月)

§ 瘡蓋を剥がす

 先日『少女セクト』は「何となく違う」と書いたが、改めて少し読んでみたらとても良い百合で、己の見る目の無さを再確認した気分。
 ただ、この漫画が持つ或る種の『正しさ』は、自分の価値観の中のモノガミー(*1)的な部分を露にしたり、場合によっては個人的な痛い記憶に触れたりもするので、今買って読むのは一寸無理。
 もう少し落ち着いたらちゃんと買う、かも。

 ネットワークでどれだけ遠くと繋がっても、結局考えてるのはオフラインの肉体を中心に半径1m以内のことと、後は無限遠方のことばかり。『半径1m以内』との繋がりが見えれば、遠くのことも考えたりするけど、基本は半径1m(でもその範囲内にPCのディスプレイがあるので困ったもの)。

*1: 本来は一夫一婦制を意味する言葉。対義語は『ポリガミー』で、一夫多妻制の意。とりあえずここでは一対一の関係を至上とする主義、とでも解釈して頂きたい

09-09-2006 (土)

§ 「頑張れ」と云う。

 世の中には、頑張ってどうにかなることと、どうにもならないことがあるというのはひとまず前提として。
 さて僕にはこの2種の事柄の区別が付かないのだ。

§ thinner into the air

 毎度々々発した言葉の薄っぺらさに自分で驚くぐらいですけど、それでも    てくれますか?

§ 風雲学園ヘヴン・Mission Complete

 やっとコンプ。でも特に感慨は無く。普通にひとつひとつシナリオをクリアしていく際の感情の動きの方が大きかったので、全部終わったといってもそれらの積み重ねに過ぎないというか。

 でもおまけで岩井がちゃんと出てきてくれてよかった……! しかも一寸だけ口が悪いし! 岩井……元気になったんだね……(落涙)。

 先日から岩井のことばっかりですが、一番は七条です……一応。……誕生日忘れてたけど! でもリアル友達の誕生日も忘れるのに、ゲームキャラの誕生日なんて覚える筈が無いじゃないですか(開き直り)。いや、愛が無い訳じゃないんです断じて。『シムーン』にハマってヘヴンを疎かにしていたとかそういうことじゃなくて。ネヴィリル←パライエッタ←カイム←アルティという片想い4連コンボ(*1)に我を失ってるとかそういうんじゃないですよ(云い訳のリ・マージョン)。

 とにかく、面白いゲームでした。BLゲームとしての比較対象を僕は持たないけれど、これは良く出来ていると思う。細かい突っ込みは当然幾らでも入れられそうだけれど、それは野暮というもの、というか、「それは野暮だな」と思わせるだけの『勢い』があると感じる。『勢い』というか、『突破力』というか、いい調子で連載中の少年漫画のような、冷静な突っ込みを置き去りにする速さ。

 しかしアレか、僕はBLか百合ばっかりか(でもシムーンは実はあんまり百合ではないような気がしている)。
 やはり今日は『少女セクト』を買っておくべきだったか。でも何となくそれは違う気がするんだよなー。違和感の正体は判らないが。単純に、絵柄なのかな。

*1: アムリアも入れれば5連

09-06-2006 (水)

§ ちょっとだけ

 以前に描いた蒼星石のイラストを今頃になってほんの一寸だけ手直し。とはいえ、ほんとに一部分、どうしても気になるところだけの手直しなので、見ても気付かない方が多いかも。その程度です。一応完成品として出したものにあまり手を入れるのもどうかと思ったし(*1)
 今度描く時はせめて手直しの要らないレヴェルで描きたいものだけれど。

 今は翠星石の下絵を描いているところ。7+1体、全員描く野望は捨ててませんよ。

§ 祈りと破壊と遅延されるモラトリアム

 『シムーン』がなんだかとても面白いということに今更気付いて、こう、相変わらず遅れをとる自分をそこに発見したりしなかったりする今日この頃。

*1: 元々は頼まれて描いたものだということもあり

09-05-2006 (火)

§ 風雲学園ヘヴン・ラストマンスタンディング

 どうにか岩井と七条のシーンを全取得。残るは理事長友情ルートのみ。

 ……岩井が……きつかった……。判っててバッドエンドに進まなければいけない気の重さ、過程に於いて、敢えて苦しむ岩井に冷たく接することへの罪悪感にも似た気持ち、そしてその上で到達したバッドエンドがまた……どうして岩井はこんなに幸薄いですか、と。
 そんな岩井にへこまされた後だと、七条には癒されるような気持ちさえ覚えたり。あんまり『癒し』とかそういう言葉は好きではないのだけれど。でもへこんでいた気分が多少回復。
 七条はなまじ小器用で頭が切れたりするので、中身が子供のまま過剰適応してる感じで、そういう『適応した子供(Adapted Child)』のお話として読むと面白いかも(Adapted Childの解釈は一寸違うかな。でも通じる部分はあると思う)。

 某所で「天野月子の『骨』という曲は岩井の歌のようだ」という話を聞いたので、意識しながら曲を聴いてみたら軽く悶絶しそうになった。通勤のバスの中で。
 こう、大人としてどんどんダメな感じ。というか、今回なんだかすごく岩井スキーっぽいな。いや好きだけど。

§ 殴れない

 僕は成人男性の平均と比べて腕力の弱い方であるとは思うのだけれど、それでも躊躇無く本気で力一杯他人を殴る、というのはきっとなかなかできないのではないか。
 ……という話、でもなくて(*1)、もう少し比喩的に、例えば言葉で誰かを傷付けることに関する話。

 論争なり口喧嘩なり(そういったこと自体あまりしないけれど)の際、或る程度相手の『弱み』を推測できて、確実に相手を傷付けたり追い詰めたり、下手をしたらとどめになるような言葉を思い付いてしまった時、僕は殆どの場合に於いてそれを発しない。というか、発せない。で、適当にもう少し「攻撃力の弱い」言葉を選んでいるうちに「とどめの言葉」を発するタイミングは去り、そのままなんだか尻すぼみに終わる、というのが大概のパターン、な気がする。

 状況を一変させ得る『決定的な行動』に対するおそれ、というか、まあひらたく云えば臆病さ、なのか。或いは傲慢さかも。

 正直、「殴ら(殴れ)ない」というのはそれなりにストレスフルだったりもするのだけれど、一発殴ってそのストレスが解消されるともあまり思えないし、軟弱だ退嬰だ覇気が無い大和魂がどうこうサムライの心が云々(*2)と云われるとしても、殴ることへの抵抗感を失うよりはよほどましだと考えているし。

 取り返しのつかないことをするのが怖い。
 取り返しのつくことなんてそうそうありはしないのにね。

 ただ、これだけだと僕がなんだかとてもいい人のようなので、僕は『殴る』のは非常に苦手だが『突き放す』とか『投げ出す』とか『見捨てる』というようなことに対しての心理的抵抗はかなり薄い、ということを付け加えておく。要するに状況に対して能動態でいたくない、という心理。傍観者願望。いつでも『外側』にいたい。メタで語ってばかりいたい。

 でも、語りたいのは自分のことばかり。

§ 年寄りの愚痴

 今の世の中はとか、最近の若者はとか、「昔は良かった」式の御意見御高説というのが僕は非常にきらいなのだが、まあ年配の方が云う分には我慢もできるというか、実際に『昔』を生き延び、遠からず退場を余儀なくされる(*3)人の抵抗はそりゃまあ仕方ないし、そういうのが全く無いというのもそれはそれで気持ち悪いかもなあなどと感じたりもするので、適当にはあそうですねなどと相槌を打ちながら他のことを考えていたりするのだけれども。

 自分と同世代や、下手すると下の年代の人の口からこの手の話を聞くのはいろんな意味でがっかりだ。過去の個人的な幸福を回顧するというならまだ理解できるけれど、社会やら世代やら大上段に構えて語られた日には云うべき言葉もなかなか見付からずただ遣る瀬無いばかり。

 そりゃあ未来への希望を築くよりは美しい過去を捏造する方が楽だもんなあ。過去の思い出だけなら小学生にだってあるんだしさあ。

 まったく、確かに昔はこんなことは無かったよ。年下と年寄りが一緒になって過去賛美なんてな。はいはい昔は良かったねー。ちっ。

*1: まあ完全に無関係とも云えないが
*2: ってかそういうこと云ってる人の大半は農民出身じゃない?
*3: 特に意味は無いが柔らかめの表現にしてみた

09-02-2006 (土)

§ 君の歌は僕の歌じゃない

 録音された自分の声を聞くと違和感がある、というのはよくある話で。
 先日、録音した自分の喋りを聞く機会があったのだが(*1)、声もさることながら抑揚というか、全体的な喋り方が、普段自分で意識しているものとかなりずれていて軽い衝撃を受けた。

 なんだこれ。っていうか、誰だ。

 いや、声はまあいいや。こんなもんだろう、と思う。が……何だろう、この妙に鼻につく、気取った風な、石橋貴明が福山雅治の物真似をしようとして失敗したような喋り方は。うわあ厭だ厭だ厭だ厭だ。普段僕と接している人たちはあの喋り方を聞かされているのだと思うと、それだけで恥ずかしくて穴を掘って埋まりたくなる。土葬マイセルフ。いやそれはあんまりならないけど。
 まあ……慣れなのかも知れないが、少なくとも僕はこんな喋り方のやつと友達にはなりたくないなあ、などと思ったりもして。実際、喋り方をからかわれることは今まで何度かあったけれど、録音されたものを聞くと納得するというか、仕方ないな、という気になるぐらい。ああ恥ずかしい。

 でもこれが他人だったらきっとそんなに気にするほどのものでもなくて(だいたい僕は他人に対する関心が薄いし)、「いや別にそんな変じゃないよ、普通じゃん?」とか云っちゃうのかも知れない。結局はその程度なのかな、という気もする。いやまだ冷静に客観的に聞けてないから判らないけれど、そんなもんかな、という予感。

 まったく自意識というやつはこう、度し難いですな。

§ 流されてる

 少し前に「『ゲド戦記』ってそんなに云うほど駄作でもないじゃん」というようなことを書いたけれど……うーん……やっぱり駄作かも。ウェブであんまり酷い酷い云われてるからつい「そんなでもない」と云っちゃったけれど、考えてみるとどうにも褒めるべきところが無いので。いや、歩いたり走ったりの細かい動きは割といい感じだったけれど(アクションの『地味さ』に関しては以前のジブリよりも良かった、と云ってもいい。ハヤオ作品は動きが「頑張りすぎ」という感じなので)、TVシリーズでもあるまいし、その水準で褒めるのは却って失礼というものだろう。

 要するに、反発する形で結局自分も流されてる、という話。別に珍しくもなく。

 ただ、駄作だと認めても、それで厭になったりとか、「ゴロー駄目じゃん」という感じには何故かならないので、その辺は今後考えたり考えなかったりしたい。

*1: 内輪向けネットラジオで話したのだけれど、あくまで内輪向けなので此処で多くは触れない

09-01-2006 (金)

§ 風雲学園ヘヴン・寸止めの極意

 最近なかなか進められずにいたヘヴン、やっと篠宮の全シーン取得。

 うっわ何この甘酸っぱい青春の一幕。何このせっづねえ(*1)感じ。あからさまに相思相愛なのに、そこで敢えて胸に秘めますか。その想いを強さに変えて生きてゆきますか。あれだけ露骨に頬を染めておいて。篠宮……嗚呼。
 ……このヘタレがッ!!

 いや、流石に一寸言葉が過ぎた。シナリオ自体は胸キュン☆スウィートアンドビター青春ストーリーという感じ(どんな)で大変良い。もしかしたら一番実際にありそうかも(とはいえ、あくまで他のシナリオとの比較なので知れている)。これはこれで萌えるような。

 そして残るは岩井と七条。岩井を最後にするのは恐ろしいのでマイラヴ七条を後にする予定。さっさとシーンコンプできればいいのだけれど。思いの外もたついているなあ。

§ 繭

 手入れが面倒で眉毛を剃り落として3日ほど。誰にも何も云われないのは違和感が無いからか、単に誰も僕の眉など見ていないのか。

 いや、別にいいのだけれど。お約束の自意識の病というやつで。

 そろそろ髪に色を乗せようかと思いつつ。

*1: 「切ない」と云いたいらしい